クリスマスな夜の夢

2009年 クリスマス童話をみんなで♪ 参加作品。

クリスマスな夜の夢 (1)
クリスマスな夜の夢 (2)
クリスマスな夜の夢 (3)
クリスマスな夜の夢 (4)

ひさびさすぎてさらにとりとめもまとまりもない・・・
お読みいただければ感謝です

こんなですみません m(_ _)m

# by MemenCrital | 2008-12-25 10:30 | 童語り:みんなのどうわ | Trackback | Comments(2) 

クリスマスな夜の夢 (1)

クリスマスな夜の夢 (1)


あるクリスマスの前夜
ひとびとが寝しずまった頃
とある洋館に、ひとつの光りがそっとおりたちました。

「今夜こそみてろよ・・・」

その光りは、誰にも聞こえないような声でそうつぶやき
窓から中にはいりこんでいきました
部屋の中には、ところせましとオモチャがあります
ブリキでできたお人形
小さなプラスチックのお人形
昔はやったオモチャのあれこれ

「よーしお前ら、今年もよろしくたのむぜ!」

そういうと、光りは小さな妖精の姿になり
手にした棒を振り上げました

そこへ

「誰だい?きみは」

妖精がたつ窓べりのすぐ下から声が響きました

「なんだ?既に魂の入った奴がいるのか、今年は」

妖精は質問に答えずそう言います

「僕は用無しのくるみ割り人形だよ」

声の主はちょっと寂しそうにそうこたえました

「俺は妖精のパックっていうんだ」

そういうとこんどこそ、妖精は手にした棒を振り上げて
部屋の中にむかって振り回しました

「ほらおきろー!てめえら、めざめろー!」

するとどうでしょう
部屋中のオモチャたちがとたんに目覚めて
あたりはガヤガヤとにぎわしくなったのです

「今年こそしっかりとやれよ!去年みたいにおじけづくなよ!」

妖精のパックはそういってみなの前に立つと
なにやら一枚の紙を懐から取り出して
そして
オモチャたちを集めてなにやら話しかけはじめたのです

「いいか、今年の作戦は東の国から仕入れてきたものだ。ぜったいにうまくいくから、お前らドジすんなよ」

クリスマス前夜の、巷では皆がにぎやかにお祭り騒ぎの夜
はてさて
いったい何がおきますでしょうか?


2009年 クリスマス童話をみんなで♪


# by MemenCrital | 2008-12-25 10:00 | 童語り:みんなのどうわ 

クリスマスな夜の夢 (2)

クリスマスな夜の夢 (2)


「お前とお前は燃えなさそうだからその暖炉の中な」

パックはオモチャたちに次々と命令していきます。それを見ていたクルミ割り人形はこうたずねました。

「いったい何をするの?彼らは燃えないだろうけどこげついちゃうよ」

「平気さ、どうせ最後には・・・っと。お前とお前とお前はそう、そこの洗面台の蛇口に隠れてろ」

聞いても答えてくれないと思ったのか、くるみ割り人形はそれきり黙って座り込んでしまいました。
大勢いたオモチャや人形達は、あっというまに、部屋のそこらじゅうに隠れ、ついにパックはくるみ割り人形にこう言いました。

「よし、全部準備ができたな。次はっと、お前、名前なんていうんだっけ?」

「さっき言ったろう。用無しのくるみ割り人形だって」

くるみ割り人形は少し機嫌が悪そうです。

「名前を聞いてるんだよ、それ名前じゃないだろう」

「そうなのかい?」

「そうだよ。それは俺様が僕は妖精だよって相手を小馬鹿にするときに言うのと一緒だ」

パックはそういって自慢げに鼻を指差します。

「小馬鹿って?」

「そんなのいいから、名前は?なんていうのさ」

「覚えてない」

くるみ割り人形は少しだけ寂しそうにそう言いました。

「ナナシのなんとかか。しょうがねえ、ボトムでいいか?いいな。よし、ボトム、一緒に来い」

強引にそう名づけられて、くるみ割り人形のボトムはパックと共に玄関の外へとやってきました。

「この上にのぼって待つぞ。のぼれるか、ボトム?」

「うん、頑張ってみる」

ふたりは玄関の柱をせっせとのぼっていきます。

「パック、羽があるんだから先にのぼってていいよ」

「よけいなこと考えないで。ほら、さっさとのぼる」

そうしてふたりは、ついに玄関の上にある小さな屋根へとのぼりつきました。

「お前、意外とやるじゃん」

パックはそういってボトムをゴツンとこづきました。

「ありがとう。一緒にのぼってくれたからだよ」

「馬鹿いってんじゃねえよ。羽で飛ぶ方が疲れるからのぼったんだよ」

パックはそう毒づきます。ボトムはその様子を見て笑顔になりました。

「ここで何をすればいいの?」

「それはもう少し後になったら教えてやる」

「まさか、ここから飛び降りたりしないよね?」

「まさか」

いいながらパックは鼻をポリポリ掻きました。

「ボトムってなんで?」

「なんでって、ちょっと前にからかった人間の名前だよ」

「そうなの?」

「いちいち細かいこと聞かないで、知りたかったら勉強しろ」

「え?」

夏の夜の夢って本がどこかにあるから、それを読めって言ってんだ」

「なんだ、教えてくれないんだ」

ボトムはそう言うとうなだれてしまいました。

「ちぇ、しょうがねえなあ。わかったよ、あとで教えてやる」

パックのその一言に、ボトムはウキウキとしてきました。

しだいに夜が深くなっていきます。
もうしばらくすると雪が降りそうな空です。

はてさて、パックはいったい何を計画しているのでしょうか?
そして、どうなりますことやら。謎は深まるばかりです。


# by MemenCrital | 2008-12-25 08:00 | 童語り:みんなのどうわ 

クリスマスな夜の夢 (3)

クリスマスな夜の夢 (3)


ひととおりの準備がすんだのか、さきほどまでのにぎやかさがうすれ、洋館は静まりかえっています。そこここかしこでひそひそと、なにやらみんなで話しこんで時をまっているようです。

「ねえねえ、いきおいよく飛び出せばいいのかな?僕」

「いっせえのせ、でいこうね、みんな」

「俺はどのタイミングで出ていけばいいんだ?」

「しらないよそんなの。パックに聞かなかったのかい?」

ぼそぼそとそんな声が、ひそひそと室内にまぎれ、ドキドキわくわくするような、そんな気持ちであふれています。
そんな中、外に出て、玄関の上にある小さな屋根の上にいる、ふたりの様子はというと・・・。

「へー、ボトムそんな長生きなのか。俺といい勝負かもな」

「パックってどれくらい前に生まれたの?」

「さあね」

「さあねって?」

「わかんないって言ってるの。そんなことしらないもの」

「じゃあ、いい勝負かどうかなんてわからないじゃないか」

「それよかさ、ボトムはなんで役立たずとかって自分のこというんだ?」

「・・・用無し」

「こまけえな。んじゃ、なんで用無しなんだ?」

「もうどこへいったってクルミを割るのに僕を使おうなんて人はいないから」

「へー、そうなんだ」

「うん」

「くるみって割るのたいへんなのか?」

「うん、すごく硬いから人の手じゃなかなか割れないよ」

「石でたたいたら割れる?」

「どうかなあ?」

「石で割れるなら別にお前いなくてもいいもんな」

そういわれて傷ついたボトムは、うっすらと目に涙をためて黙り込んでしまいました。

「あ、そういう意味じゃなくってさ、えと、ほら、その・・・」

「いいんだ」

「いやだからさ、ほらつまり、えっと」

「どうせもう僕、クルミなんか割りたくなかったから、いいんだ」

「そうなの?」

「割れたって喜んでもらえるのは最初のうちだけだし、しばらくしたら割れて当たり前になるし、僕の部品とか欠けてクルミが割れなかったりするとすぐ用無しっていわれて捨てられちゃうし」

「まあ、クルミが割れなきゃそうだろうなあ」

またまた、ボトムはひとみから今にも涙がこぼれおちそうなほどに涙をためて、気持ちをこらえています。

「でもほら、クルミを割りたくて人間はお前をつくったんだろうから」

「そんなの・・・つくった人に聞かなきゃわかんないやい」

「あ、そうか。ひょっとしたらくるみ割るってのがオマケかもしれないもんな?」

「それはわからないけど・・・」

ふいに、パックはあることを思いついて言いました。

「ボトムは、クルミ以外のものは割れないのか?」

「そんなことしたら壊れちゃってクルミが割れなくなるじゃないか!?」

ボトムは驚いたようにききかえしました。そんなことをしたらとんでもない、ますます用無しになってついには捨てられてしまうじゃないか。ひょっとしたら薪がわりに暖炉にくべられてしまう。そう考えるととても怖くなりました。

「やったことねえんだな。じゃあやってみればいいのに」

「だめだよ、ぜったいにだめ!そんなことしたら燃やされちゃうよ!!」

「でもボトムさ、さっきもうクルミなんか割りたくないっていった」

「そうだけど・・・」

「クルミを割らないでいいなら、他になにかためしたって別にいいだろう?」

「パックは自分のことじゃないからそういえるんだよ。そんなことしたら、ううん、そんなこと試すって考えただけでもおっかなくって・・・」

「おっかなくって?」

「それならまだ、だまって飾られている方がいいよ。だって怖いもん」

「まあ、いいや。俺の知ったこっちゃないことだし」

ドキドキしながらボトムは何度も、例えば人間がクルミ以外の何かを割ろうとして自分を使うことを想像しました。ブルーベリー、イチゴ、トマト、レタス、白菜、ジャガイモ、しいたけ、なにかのネジ、びーだま、ゴルフボール

「どれもこれも柔らかすぎるか、かたすぎてだめだよ」

「何が?」

「パックがいったんでしょう。クルミ以外のなにかを割れないかって」

「そうだっけ?」

「なんだよ!無責任だなあ」

「し!きたぞ!!」

パックの声に驚いて身を伏せると、なにやら玄関に、大きな人影が近づいてきたけはいがします。そのとたんに、さっと、洋館はしずまりかえりました。まるでなにごともなかったかのように。

「しっかりたのむぞ、ボトム」

え?でもまだ何をするのかきいてないよ、とボトムはパックに聞こうとしましたが、静かにと唇に指をたてるパックの動きになにもいえなくなり、そうしてそのままじっとするしかありませんでした。

ズシン!

足音が近づいてきます

ドシン!

玄関に立ちました

がちゃり

玄関のドアノブが回されたようです

ぎぎー

ドアが開いて、けはいが中にはいっていったのがわかりました。

「こっち、しずかにな」

静かにそう言ってパックは、玄関の屋根からひかりをとりいれるためにつくられた窓へと、さっと移動していきます。ボトムも慎重に音を立てないように、そちらへとむかいました。

「いよいよだぞ」

へへっと小さく笑って、パックは洋館の中をのぞきこんでいます。
ボトムもようやく窓へとたどりついて、パックのとなりから中をのぞきこんでいます。

どこからか、鈴の音がシャンシャンと聞こえてくる聖なる夜。
そんな夜にふさわしくない顔をしてニタリと笑う妖精と
まるでなにが起こるのかわからないでおどおどしている人形

この先は
また後ほど


# by MemenCrital | 2008-12-25 06:00 | 童語り:みんなのどうわ 

クリスマスな夜の夢 (4)

クリスマスな夜の夢 (4)


「ボトム、しっかりみろよ。あれが俺たちの敵のおやだまだ!」

キッと唇をかみ締め、押し殺したようにパックはそう告げた。
その瞳にはここへくるまでに落とした、仲間達を思う悲しみの光りも混じっている。
お前ら、今夜こそきっと仇はとる。
そう告げているかのようである。

「パック、なにをひとりでぶつぶつと言っているのさ?」

「え?いやなに、場の雰囲気をもりあげようと思ってさ」

「へんなの」

さて、部屋の中ではいよいよ人影が暖炉に近づこうとしていました。手には新聞紙のきれはしとライターをもっています。
しゅぽっとライターに火がつきました。
その火を新聞紙にもえうつらせて、それをそのまま暖炉の中へ・・・。

「あちー!!!!」

なにものかがそう叫んで暖炉の中からとびだしました。

「あ!ばか!!」

みるとそれは頭の一部が黒くこげたブリキの人形です。

「なにをしている、きさま?」

人影はこともなげにそうつぶやくと、暖炉に火がともり明るくなる前に台所へといどうしていきました。

「あのブリキ野郎め、ぶちこわしじゃあないか」

パックは悔しそうにそう言いました。けれどすぐに気をとりなおして、こう言いました。

「でもみてろ!次は手ごわいぞ、くくくく」

「パック、ものすごく悪者の顔してる」

「クルミ割る物、なんちゃってな」

そのとたん、台所の方から大きな音が響きました。がっしゃーん!

「やったか!?」

「え?なにが?」

すると、台所から何事もなかったかのように人影が出てきます。
汗をかいたのかなにやら大きな布で顔をふいているようです。

「あれれ?台所ぐみもだめだったのか」

パックには、きづきようもありませんでしたが、実はパックたちがいるすぐ横に、台所へと通じる換気扇の空気穴がとおっていたのです。
さっきの音は、ついさきほどの会話を聞いていたフランス人形が、ふいをついて発せられた駄洒落に思わずふきだしてしまい、隠れていた戸棚をころげおちてしまった音だったのです。
暖炉のときとおなじで、そのほかに隠れてドキドキしていたみんなは、なにが起こったのかと気をそがれてしまい、けっきょく飛び出すことができませんでした。

「なかなかやるな」

パックはそう言いながら、次の一手に賭けようと決意しました。
次こそ、次の一手さえ決まれば、あいつらの敵討ちができる。
みてろお前ら!星になってみてろ!お前らをあんなにむごい仕打ちで・・・

「ねえパック!だからひとりごとなの?それ」

「いや、なんでもねえ。つぎだつぎ!」

部屋の中では人影がなにやら着替えているようです。
そうして着替えおわったのか、彼は玄関へと向かって歩き始めました。

「いよいよだ。俺たちも準備するぞ!ボトム!」

「え?」

「いいから、こっちこい!」

パックにひかれて、ボトムは屋根のはしへとつれていかれました。

「いいかボトム、俺がいくぞって言ったら何も言わずここから飛ぶんだ」

「!?」

ボトムは口ごたえできないように口をふさがれています。

「声を出すな。あいつに気づかれちまう。いいか、あいつはとんでもなく悪い奴なんだ。もう何年も前からお前達オモチャや人形を袋につめて、奴隷のようにどこかへ売り飛ばして暮らしているんだ」

「!!」

「そうだ、わかるだろう。お前もほっとくとあいつに売り飛ばされて、どこかよくわからないところで、イチゴだとかよくわからないネジだとかプラスチックのかたまりだとかを潰さなきゃならなくなるんだぞ」

「!!!」

「だろう、だから今ここで退治しとかなきゃいけないんだ。いいな、わかったら言うとおりにしろよ」

ボトムは強くうなづきました。

そうこうするうちに、玄関のところでガチャリと音がしました。ついで「お!?」っとうめくような声がして、ドシンと何かが倒れるような大きな音がひびきわたりました。

「今だ!いくぞ!!」

そのときボトムは一心に願って飛びました。クルミ以外のものを割るなんて嫌だと。

どんっと
何かにぶつかる感じがしました。
やわらかくあたたかいものです。

ぎゅっと
つかまれるのをさっして
ボトムは必死になってそのつかんでこようとする手を、はさんで割ろうとします。

ぱっと
なにかが頭をおさえました。

ああ、だめだったか。これで僕はクルミ以外のものを割る人形になってしまうのだな、とボトムは嘆きました。

「ああ、これで僕はクルミ以外のものを割る人形になってしまうんだな・・・」

「なにを言っておるんじゃ?クルミ割り人形よ」

「え?」

「今年はな、アメリカの大きなクルミ農家で子供が生まれたらしく、その家の主がその子のためにお前をほしがっていたぞ」

「あなたは・・・?」

つかまれた手をそっとほどかれ、いつの間にか暖炉の前に立つ人影は、あかりの中でよく目をこらしてみると、真っ赤な服に、白いそでぐち。真っ白いのはそれだけではなく、顔中をおおうようにふさふさにはえた白いひげ。

「サンタクロースさん?」

「そうじゃ。この日ばかりはサンタクロースじゃ」

にっこりと笑った顔はとても暖かくて、さきほどパックに言われたことが全てすっ飛んでいってしまうほどです。

「そしてまたの名を・・・」

「オーベロン!はなせー!!馬鹿妖精王め!はなせってばよ!」

パックがもう一方の手に強く握られてあがいています。

「うおっほん。まったく、パックには毎年こまったもんだ。私はこれをしないと妻であるタイターニアにとんだ目にあわされるのだぞ?それをわかってやっているのか、お前は」

「知るかそんなの!そんなことよりこないだとってきた露草の蜜を分けてくれるって言ったじゃないか。その約束がまだ はたされてないぞー!!」

「やれやれ、そんなことか。毎年毎年、たわいもないことで根にもってここ一番でつっかかってきて・・・はあ。妖精王なぞやめたくなってきたわ」

「やめちまえー!」

「うるさい、パック!お前は罰として向こう一年間タイターニアの元へ貸し出すことにする」

「えー?!」

「そうすりゃ少しは、私の苦労も身に沁みることだろうって」

「いいもん、そうしたらタイターニア様に露草の蜜をたくさんとってきて、その分け前を山ほどもらえるからな」

「ば、ばかもん!私がケチみたいな言いかたをするでない」

「本当のことじゃんかよー」

その間ずっと、クルミ割り人形はポカンとして白いひげが上下するのをながめていました。なにが起こったのかまるきりわかりません。

「おうおう、すまんかった、クルミ割り人形よ。まったくパックのいたずらにも困ったもんだ。さっきちらっと言ったが、それで問題はないか?」

「僕がまたクルミを割る役にたてるの?」

「おお、そうじゃ。アメリカで一番のクルミ農園でな、そこの農場主だから、子供の目の前でたんとクルミを割って見せてくれるじゃろう」

「喜んでもらえるの?」

「まだ生まれたてのこどもだからな。とうぶんはキャッキャとお前を喜んでくれるじゃろう」

「その子が大きくなったら?」

「大事に大事にしてくれるじゃろうて。生まれたときからある人形としてな」

「もう用無しじゃあなくなるってこと?」

「用無し?とんでもない。クルミが割れようが割れまいが、お前は用無しなんかじゃないよ」

優しい声でそういわれて、ボトムは気持ちが膨らんでいくのを感じました。

「では、了解ということじゃな」

あふれる気持ちがわっと、ひとみからながれおちて、それがとまらなくなるのを喜んでいます。
もう用無しなんかじゃないんだ、と思う反面、心のどこか片隅で少しだけ、さっきまでパックといたことを思い出していました。
用無しなんて僕が勝手にそう思い込んでいただけかもしれない。
パックは僕を、なんでもないただの人形として遊んでくれてたのかもしれない。
だって、一緒に屋根までのぼったもんな・・・。




クルミ割り人形のボトムはこうして、アメリカにあるクルミ農場へと届けられ
そこで末永く幸せに暮らしましたとさ。

めでたしめでたし。




モア!

# by MemenCrital | 2008-12-25 04:00 | 童語り:みんなのどうわ 

ケンサク爺

 通りをひとつまたいだ先の、赤い郵便ポストがまだおいてあるタバコ屋を左手にみて、その角を右へと入った路地の先にそのお爺さんは住んでいた。スラリとした背の高い、身だしなみもよいお爺さんで、近所の人からも慕われていて、こんな時代なのに小学生や中学生なども彼を慕い、休みの日には笑い声の絶えない。

 子供達はお爺さんのことを、検索爺と呼んでいた。お爺さんに何かをたずねると、お気に入りのノートパソコンで何かをカチャカチャと打ち込み、ほんの数分で答えが返ってくる。そうして決まってこう言うのだった。
「でも、これは正確じゃあないですから。」
せっかく答えを得られてもお爺さんが真顔でそういうので、子供らもキョトンとしてしまって。けれどお爺さんは優しく微笑みながらそう言うものだから、みんなそれでも納得してしまう。

 いつか、子供のひとりがお爺さんにそのことをたずねてみた。そうするとお爺さんはぼんやりと空を眺めながら、こう言ったのだと言う。
「例えば、一番人気のある犬は何?と君が聞くでしょう。その答えをこうやってサーチすると、確かにそれらしい答えは返ってくる。けれどもね・・・」
けれどもと、お爺さんは言葉を繋いだ。
「けれどもね、犬の人気を聞いた君の意図は、どこにあるのかなって僕はサーチしながら思うんですよ。君がほしい答えは、お店で一番に売れている犬なのかな?とか、友達に自慢できる犬なのかな?とかね。わかるかな?」
そう言われてその質問をした子供は、難しい顔をしたという。
「だって、検索爺はわけのわかんないことを言い出すんだもん。俺が何を聞きたかったかってそんなこと、一番に人気のある犬は何かってことなのにさ。」
結局のところ、お爺さんはその検索結果をどうにかしてその子に見せたようだ。子供は喜んでその犬の名前を覚えて帰り、暫くしてまたお爺さんの所へ来て、こう言ったという。
「うそつき。教えてくれた犬は今はもうたいして人気ないんだってさ。お母さんがそう言ってたよ。」
「それはすまなかったね。お母さんはどんな犬が人気だって?」
「なんかさ、よくわかんない小さなかわいこぶりっこな、目がぎょろって飛び出してる犬。あんなの、かっこ悪くて散歩とか一緒にしたくないや、俺。」
「そうか、そうか」
そしてお爺さんはニコニコとわらう。

 通りをひとつまたいだ先の、赤い郵便ポストがまだおいてあるタバコ屋を左手にみて、その角を右へと入った路地の先にそのお爺さんは住んでいた。スラリとした背の高い、身だしなみもよいお爺さんで、近所の人からも慕われていて、こんな時代なのに小学生や中学生なども彼を慕い、休みの日には笑い声の絶えない。

 子供達はお爺さんのことを、検索爺と呼んでいた。お爺さんに何かをたずねると、お気に入りのノートパソコンで何かをカチャカチャと打ち込み、ほんの数分で答えが返ってくる。けれどその結果は必ずしも、正確なものではないらしい

# by MemenCrital | 2008-09-17 22:28 | 夢語り:きみと逢うマチ 

夏の夜

サンフランシスコの桟橋で
歌うたう人々の
憂いを笑顔に変えようと
うたっていた笑顔思い出して

閉じ篭りの青年も少女もみな街へと出かける夏
夜には夜の憂いがあり
人と分かち合うことで憂いは、優しさへと変化していく
心閉じ篭って誰とも会話できぬ大人たちの
中へと
モモのような純粋な心を持った若者達が

街へと
出て行こうとしている

心開いて
受け入れてあげて
彼らは何も知らない
あたりまえのことは
学校でも塾でも家庭でも地域でも
誰も教えてはくれなかったから
けれど彼らや彼女達の感性と憂いは
あなた方の優しさを呼び覚ます

始まりの物語はあなたのその手で紡ぎはじめることが必要

この物語の本編は
この夏のあなたの周りで
おきる
夏の夜の物語


# by MemenCrital | 2008-07-27 21:02 | 小語り:短編・掌編 | Trackback | Comments(0) 

お口直し


華やぎのひとときに酔い安らいで 明日への力蓄えのメリハリ


 写真は去年のものですが、今年もそろそろ咲く頃かな
 今年はさて、どこへ花見に行こうかと予定帖をダブルクリックしてPCが固まる・・・

  アナログの良いところもわかっちゃいるのだけど
  それを実行するまでのナマケモノ癖ってのはなかなか抜けない
  むしろ固まったのを理由に嬉々として違うOSを模索する、ばか

 脱線しすぎは逃避なのだと自分自身に言いきかせなければいつまでたってもねぇ

# by MemenCrital | 2008-03-26 18:28 | 短歌:ごしちごしちしち 

井戸端

あの日とあの日とそしてあの日
動き出したくなる季節と考えこんでみたくなる季節の中を
行ったり来たりしながら

ものがたりを綴りながら伝えたいことはたぶんそんな
伝えようにも伝わらないもどかしさなのかもしれませんね

お楽しみいただけましたらば、ありがとう。
足跡がわりに一言でも残していただけたらば幸いです

次回作は少々毛色を変えて

主人公は一匹の猫
歩けば島の西から東までわずか1時間というところに住み
島には多くの猫が分担して色々なものをつくりだして暮らしています
群の中で与えられるものに満足できず
ある日島からポンと飛び出して行った先には
見たこともない世界が広がっていました

そこで出合った音楽を奏でる猫達
自分の求めるものに精一杯向き合って
けれどその分仲間を大切に思いあう
その姿と優しさに触れてひとときあれこれ思い悩み
また島へと戻ってゆく猫

最初にいた島では沢山抱えていた不平不満や曖昧な夢や希望
渡った先で見て感じた精一杯に自分に正直に生きるということ
そして戻って感じたこと。あくまでも一匹の猫が(^^;

ここまで書いてなんですが、詳細はあいかわらず未定
書きながら去年のアメリカ旅行を思い浮かべて
またとりとめなくものがたっていきます

ということで(^^v

# by MemenCrital | 2008-03-26 12:59 | コメント・トラバ | Trackback | Comments(0) 

穏やかに人となりて 草稿 (1)

いつのころにか、シンという名の意思が存在した。
誰に生み出されたのかも、何のために生まれたのかも
己自身でわからぬままに。


シンはひとつの願いを抱き生まれていた。
それは言葉にするには漠然としたもので
あるがままをあるがままに
そう願う誰かの思いに応え生まれてきたのかと己を探ったりもした。


古事記の時代に、そのように唱え一国を治めた者が人としていた。
シンはその者が己の生みだし手かと探りをいれてみたが、答えを得られぬままにほどなく
東洋のその小さな一国は大陸より渡来した民族の手で葬られ
そうしてシンは己の願いを果たせぬ世となってゆく様を見つつも
まだ力なくただ黙って大地に起こる様を眺めるしかなかった。


何千回かの昼が過ぎ、夜が明け、シンは一個の人に出会う。
その者はシンの存在に気づき、声をかけ、そうして施しを与えてゆく。
それを受けシンは、やがて人としての様相を備えていったのであった。





# by MemenCrital | 2008-03-01 23:00 | 夢語り:運命のロンド 

穏やかに人となりて 草稿 (2)


「やめろ!やめろー!」


畑の中に散乱した武装兵たちの粗相に、ムジナは激しく抵抗した。他の村人達は遠巻きに眺めているだけで一言も発しようとしないでいる。そうこうしているうちに、武装した兵たちは作物を足で更にと、粉砕しあたりにまき散らしていった。


「それがどういうことなのかわかっているのか?!お前らが足蹴にしている作物は、いずれお前達の腹に収まるかもしれないものなんだぞ!」

「馬鹿いうな。なにも畑がここだけとは限らないだろうが。」

「わはは。そんな本当のこと言っちゃ、この小僧が余計にカッカするぞ。」

「お前も馬鹿か?それが面白くてやってるんだろうが。」


元はといえばムジナの姉を目当てにこの村へとやってきた流れ者の一味である。それを一旦は追い返したものの、どこをどう取り入ったのか地方の豪族であるアダタラ氏に取り入り、その立場を利用しての嫌がらせに来たこともムジナにはわかっていた。しかし生来の真っ向さが災いしたというのだろう。


ついに切れたムジナは、手にした農耕器具をふりかざし、一団の長らしき長身で鼻のでかい男へと挑みかかった。


カッツンと、音が鳴り響いた。
バシャっと、何か液体のこぼれる音が続く。
遠巻きに眺めていた村人は我先にと己が家に走り出していた。
どこか遠くで、ピーと鳴く鳶の声が聞こえたようだと、ムジナは思った。
崩れ落ちるさなかにふと見上げた空の青さと、その後に目に飛び込んでくる深い緑の山影。
ムジナはそこに何か人影を見たような気がした。


「白い・・・なんだあれは?」

「ひーひひ!やっちまったなぁお前。どうするよこの始末は。」

兵のひとりが、赤く濡れそぼった刀剣を手にしている背の高い男に向って言った。

「埋めちまえ。そうすりゃこの畑も少しはマシになって、返って感謝されるこったろうよ。」

男たちの下卑た笑い声が響いた。


ムジナは、消えゆく意識の中で男たちの声をどこか遠くに聞きながら、またそれとは別の声へと耳を傾けていた。

なぜ、こんな奴らがのさばるんだ。なぜ、力ずくでなんでも言いなりにしようとするんだ。そんなの絶対に間違っているだろう。

なぜ挑発してまで、こちらから掛かってゆくように仕向ける。力ずくでくるなら最初から力を奮えばいいだろう。小賢しい連中め。村のみんなが掛かってきたら前と同じになるとわかって、せこい連中だ。


『そんな連中になぜ真正面から向うのだ?おまえの方が考えが足りぬのだろう』

知るかそんなこと!俺はただ頭にきたから打ちかかっただけだ。

『それでは変わらんな、連中と』

なんだと!

『どれ、任せてみろ』


次の瞬間、笑いながらムジナを埋めようとしていた男の手が、体から離れ空を飛んでいた。
青い空に白の雲がすうっと線を引き、そこになだらかな曲線を描いて、赤の放物線が描かれていった。


「なんだ?!」

長身の男がそうと口にするまでの間に、彼の仲間たちはひとり、またひとりと、体のあちらこちらを無造作に空へと撒き散らし、そうして畑へとまんべんなく広がっていった。

「なんだ?なんなんだおめえは?!」

男の前に、先ほど男がつけた切り傷から血を流し、左右の手を手首まで真っ赤に染めた、ムジナが立っていた。その目を見たときに男は戦慄を覚えた。

・・・この野郎、なんか憑きやがった・・・

ムジナの目はつい先ほどまでの男と寸分変わらぬ、冷酷で目の前に対峙したモノを物としか思わない非情さで満ちていた。そしてその表情は、うっすらと冷淡に微笑んでいるようにも見えた。

・・・ついてねえ日だ。しかもこんなど田舎でか・・・


覚悟して次の瞬間を待つ男の鼻先に、ムジナの手が伸びる。ふたりの目と目が合わさった瞬間に、男はふと目の前にいるムジナの姉を思い出していた。

・・・遠くから眺めただけで追い出されたが、ありゃ、いい女だったな・・・

サクッと、何かが刺さるような感じがした。


『この野郎、こんな時に俺の姉さんを思い浮かべやがって。ゆるせねえ!』

「やめろ!ムジナ。」

男の左肩に指先が、第二関節まで刺さっていた。

「こいつはこの先も使える。殺すな。」

『うるせえ!俺の姉さんを汚す奴は誰であれ容赦はしねえ!!』

「やはり貴様は・・・馬鹿だ。」

そう最後に言葉を残して、ムジナの中からその何かは抜けていた。
手は男の左肩に入り込み、心の臓へとたどり着こうとしていた。

『わざわざ手を貸してやったというのに、見込み違いか』

そうムジナに聞こえたかと思うやいなや、ムジナは再び力なく後方へと倒れ、男の肩口から自然と手が抜けた。
あたりには人気もなく、家々から伺いに出向く顔ひとつない。
畑には散乱した人の一部が散らばり、その中央にまともな姿の、動かない二つの人影が細々と息をしていた。

『それでも無いよりはましと考えるか』

『悩みどころではあるな』

ムジナと、そして左肩からの出血で気が遠くなる男にだけ、その声が響いていた。

『ここらで手をうつか・・・』

またどこかで、ピーと鳶が鳴いた。
それ以外は音も無い、静かな山村の、ある晴れた日の昼下がりであった。




# by MemenCrital | 2008-03-01 22:00 | 夢語り:運命のロンド 

穏やかに人となりて 草稿 (3)


その日は朝から日差しが暖かく、そして風に香るように野の花の匂いがさらりと立ち込めていた。
生成りの生地に身を包んだシンは、一旦洞窟から外へ出ると大きく伸びをし、そして朝焼けの空を腕を組みながらじっと眺めていた。


洞窟の奥ではムジナとサンゴウが大いびきをかいて寝入っている。


「もう季節が三度も巡ったのか。体を持つというのは時間の流れがゆったりとして、いいもんだな。」

ぼつり、誰にともなくシンが呟いた。その表情はここ数日のできごとに鬼の形相を成してきたそぶりなど微塵も感じさせずに、ただただ穏やかに見えた。


シンの足元にいつの間に来たのか、一匹の子犬が擦り寄っていた。茶色の短い毛並みには、所々血痕がこびりついている。右の耳は誰にやられたのか、噛み千切られた跡が見えた。それでも足は四本ともあり、足に擦り付ける頭には力強ささえ感じられる。


「なんだおまえ、どっから来た?山犬の子か?どれ・・・」

シンは言いながら子犬の頭に手を寄せると、そっとその頭を撫ではじめた。ムジナが起きてこの様子を見たならば驚いてまたわけのわからぬ囃したてをしたことだろう。
子犬は気持ちよさそうに頭を撫でられていた。


橙色の朝焼けが次第にその色を薄れさせてゆき、あたりはだんだんと秋晴れの景色を明るく映りだしてゆく。
眼下に広がる平野には、所々に水田の様相を成しつつあり、黄金色の穂波が色めいている。
青い空には鰯雲が、なだらかな形状で皆頭を揃えて、西の空へと泳ぎ去ろうとしているようにも見えた。


「さて、いよいよ始まるか。盛大なみものだな。」

子犬に手をあずけながら、シンはそう呟いた。
この地に起きた集団の最初の難関が、これからはじめられようとしている。

「バカ二匹め、はぐれるなよ。」

普段は代わりなどいくらでもいるとそう言いつづけてきたムジナとサンゴウに、つい本音を漏らしてしまうシンであった。
子犬は必死にその手に噛み付いている。
振りほどこうともせずに飽きるのを待つ間、シンの胸中には一抹の不安が陰となってよぎった。

「いかんな、わずかばかりでも囚われれば気後れする。そうであれば不安すら形を成す。」

少しばかりひとり言が多いと思ったのか、シンはそう言うと、まだじゃれつく子犬の鼻先をパチンと軽く小突き、そしてまた大きく伸びを繰り返した。
くうんと鳴く子犬はそのままその場にしゃがみこむと、自らの毛づくろいをのんびりとはじめ、そしてあたりはただただ静かな、秋の朝へと変貌してゆくのであった。




# by MemenCrital | 2008-03-01 21:00 | 夢語り:運命のロンド 

穏やかに人となりて 草稿 (4)


ムジナの弔いを終え、サンゴウにあとの世話を任せると告げて立ち去ったシンは、ものごとをいつもどおりに捕らえることができぬ様子で、ふらふらと山へ分け入っていった。


藪の中、道なき道を歩いてゆく。

指先は木々に阻まれ、血が幾条にも流れ出していた。

腕や足からも、顔からも。

鳶の鳴き声が聞こえた後から、野鳥の鳴き声がピタッと止んだ気がした。

どこからか獣の気配が漂ってくる。

ガサガサといくつも、音が並んで追いかけてくるような気配がする。

空気は冷やかで空々しくあり、陽光は無駄に刺しつけるように強く、景色はどこか遠くの風景に見え、踏み込む地面は時に大きく裏切り行く手を阻み、背には追われる感触が纏わりつき・・・

そうしてシンは、山の中腹へとたどり着いた。

大きな湖だった。

湖の対岸にアサマ型の大きな山が見える。山頂部を白い雪で包み、なだらかで大きな山裾を広げていた。


「なぜ奴はあそこで死ぬ必要があったというのだ」

怒りに任せてシンはそう呟いた。

「さだめだと言うのならばその釈明をしろ。なぜ奴を連れてゆく。奴にはまだまだ経験が必要だった。まだまだ俺の元で学ぶ必要があった。なのになぜ、貴様等はいつも気まぐれで勝手なのだ」

湖畔に話しかけているのか、あるいはその向こうの山へと呟いているのか。

「この地に無駄なものなど何もないのだ。俺には奴も必要なものであったのだ。それをなぜ、あんな些細なできごとであの馬鹿は二度と俺の役にはたたぬではないか。これからもまだまだこき使おうと考えてあれもこれもと計画をしてあったのに、なぜこんなことで頓挫させられねばならぬ」

「奴の姉になんと説明すればいいのだ」

「釈明をしろ、今すぐに、ここでだ」

途端にあたりの景色が一変し、夜が訪れた。陽光は姿を消して星明りが瞬いている。足元にあった地面は不確かな空間へとすりかわり、その下方に先ほどまでの湖が全貌を現していた。目の前には大きな山があり、その向こうには海が見えた。

「サンゴウのように俺は安易に納得などしない。貴様らが勝手に連れ去っただけのことなのだから、今すぐに返せ。ムジナはまだ連れてはいかせぬ。そのために一旦あの場所へと器を隠した。さあ、これだけの手間をかけたのだからとっとと言うとおりにしてもらおうか」

景色の変化にも気づかぬほどに、シンは己の思いをあからさま広げていった。まるでそうすることで本当にムジナが生き返ると、そう思っているかのように。

生き物たちの寝息が、あたりに静かに満ちる頃、シンはまだそこに立ち返ってこない返事を待ちつづけていた。もう何時間が過ぎたのだろうか。あるいは何日も過ぎているのだろうか。そのことを問いかける無粋な輩は残念ながらここにはいない。いるのはただ虚を睨み立つシンと、穏やかに寝息をたてる万物のみであった。

「応えを」

シンは時折思い出したようにそう呟き、そしてまた黙りこむ。
誰からも応えはない。

「ムジナは、真直ぐにものを言う素直な奴だった。相手が誰であれ怖気づくこともなく、思ったままをそのまま言う。おかげで何度となくいらぬ問題を起こしはしたが、おかげでいくつかの難問があっさりと片付いたこともある」

「いる時はたいして重要だとは思っていなかった。どこにでもああいった直情的なものはいるのだろうし、またこれといって秀でた能力があるわけではなかったので、それほど気にもかけずにいた。むしろ奴は俺を唯一無二と決め付け、何事につけても己で決めるということをしなくなっていったのだから、それが無性に癇に障った。なぜ己の考えをもっと煮詰めぬうちに俺に任そうとするのだ。そこまでの度量はない。だがそうと言えぬ」

「サンゴウとつるみ、女を追いかけては帰ってきて泣く。相手の女が嫌だといえばその言葉を真に受けて、また泣く。力づくでものにしてこいとサンゴウから言われても、姉に教わったことだから自分は絶対にそんなことはしないと真顔で言う。馬鹿な小僧なんだよ、奴は。だからこそまだまだ生きて、現実を見据える経験を必要としているのだ。まだまだ次へと進むべきではない」

「とはいえもう一度最初からやり直す必要があるほどの馬鹿ではない。はじめに出会った時から変わらないところといえば、あの姉思いの思い込みぐらいだ。それ以外はなかなかよく成長してきたと思う。弓の腕も上達したのだし、行動も無謀なものはだんだんと失せていった。もう一度最初からはじめるほどには愚かではないのだ」

「応えろ!」


すうっと飲み込まれるようにシンの言葉が夜空へと溶けてゆく。あたりの穏やかさが返ってシンの感情を逆撫でしていった。

「貴様らのしたことなのになぜ応えぬ!それとも預かり知らぬことだとでも言うのか?!」

爆発した怒りも、先ほどの言葉とともにあたりの穏やかさへと吸い込まれ、四散していった。

また、時が流れた。
しかし夜は一向に明ける気配がない。


「ムジナ・・・」

シンの呟きにふと、あたりの空気がそよいだような気がした。

「お前はどうだ、もう戻るのは嫌なのか?」

穏やかであった気配が、少しざわめきだしている。

「考えてみれば俺も勝手なことを言っている。お前の意向はどうなのだ?それともまた俺任せなのか?」

満天の星空から、星の瞬きが揺れたかと思うと、その光は集約されてひとりの人影を形作る。シンの目の前に、ムジナの姿が現れた。

「お前がもう嫌だというのなら、しょうがない。納得してやる」

幻想かといぶかり、シンはムジナの影に目線を差す。まやかしならば消え去れと言わんばかりに、強く。

ムジナは視線を足元へと落とし、何事かを考えているようだった。その変わりない優柔不断さにまた、シンは冷やかな声をかけ己の憂さを晴らそうとした。

「考えたところで答えはでぬ。どう感じているのかを己に問え。お前はもう一度元に戻って、更にこの先を行こうと願うのか?それとももうこれで良いと感じているのか?」

ムジナの影がその言葉に反応して、顔をあげた。

「行くか?やめるか?二度とは聞かんぞ」

行く!

そう答えが聞こえた。あたりの静寂に混じりながらも強く。

遠く空に朝日が昇り始めていた。

「よし」

シンはそう答え、ようやっと全身に入りすぎていた力をほどいた。肩や腕が痙攣するほどに込められていた緊張が、解けてゆく。


やがて山から降りサンゴウの元へと帰ったシンの傍らには、一匹の山犬が彼を守るようについてきていた。サンゴウはその様子を見て、驚きもせずたずねる。

「そいつはこの馬鹿の代わりですか?」

「いいや、こいつはムジナだ」

「なるほど。言われてみれば良く似た顔つきだ」

よくできたことにそう言われてはじめて山犬が吠えた。

「この野郎、まだ昔のことを根にもってやがる。やっぱこいつは間違いなく馬鹿のムジナですね」

「これで貴様も取って返してムジナの姉とねんごろになろうなどと思うまい」

「なるほど、それは考えてもみなかった。言われてみれば確かにその手もありましたね。けれどこいつがいては、なるほど、確かにそんなことをしようものなら前よりも勝手が悪い」

「なんだ貴様、犬が怖いのか?」

「いやそうでなくて。これまで以上に言葉が通じないのかと思うと、今から少し気が重いだけです。まあ、それほど変わりはないか」


馬鹿笑いするサンゴウに飛び掛る山犬のムジナ。その様子を見て失った寂しさをひととき紛らわせ、シンは微笑んだ。積んだ土に向ってその微笑を投げ、そして声に出さずに一言を告げる。

「まただな、ムジナ。どこかで会おう」

見上げた空はにはもう春の色合いが強く出ていた。霞のかかったような青さの下で、広い平野が南からの風を心待ちにしているようにも見える。遠く群生する木々の枝葉には、ポツリポツリと白っぽい色合いがまぎれて見える。

また、どこか遠くで鳶が鳴いた。

ぴーと長く。

シンにはその音が追悼にも思えたのだが、気を取り直し言いきかせるように言葉に出す。

「ムジナ!サンゴウ!ゆくぞ」

声をかけられたふたりはあっさりと喧嘩を終いにして、シンの後をついて歩き出すのだった。




# by MemenCrital | 2008-03-01 20:00 | 夢語り:運命のロンド 

穏やかに人となりて 草稿 (5)


もはや他に手だては無いと、シンは覚悟した。

「サンゴウ、そいつから離れろ」

そいつと呼びかけるシンの顔を虚ろに眺めながら、サンゴウはしかし乾いた舌先で力なく言った。

「いやですよ。こいつはそんな名前じゃないんですから」

骨と皮だけになった手が力なくだが、しっかりと山犬の首をなでつける。山犬もまた力なくサンゴウの隣にうずくまっている。

「そいつはただの犬っころだ!ムジナなんかじゃねえ!」

「馬鹿言っちゃいけねえ。シンさんあんた腹が減って気が立ってるんだ。こいつはあのムジナとは違うかもしれないけど、間違いなくムジナですよ。あんたがそう名付けて連れてきたんじゃねえですか」

洞窟の行き止まりはこれでもかというくらいに乾いていて、入り口の方から日差しの名残だろう熱波と光がうっすら届いている。その薄暗がりの中で、もう何日食べるものを口にしていないのだろうか、ガリガリに痩せて目と鼻だけが際立つサンゴウと、毛皮ごしにも骨と皮だけとなっているのが見えるムジナが息も絶え絶えに暑さをしのいでいた。
洞窟の入り口近くに立っていた人影が、暑さも気にならぬといった風情で歩いてくる。それでもしかし衣の下に見える肌には肋骨が浮き上がって見えた。

「サンゴウ、変な情に流されるな。食わなきゃ死ぬぞ貴様は!」

乾いた唇にはがれた皮膚を浮かべて、シンが言う。

「そんなこと言ったってここら辺は飢饉なんだ。どうしようも無いこと言ってもはじまらない」

「だからそいつから手を離せと言っているんだ!」

「そればっかりは勘弁です」

怒りの形相でシンはサンゴウを睨みつけるのだが、逆光になってサンゴウからはその表情がうかがえない。いやそれ以前にもはや光すら捉えられなくなっているのではないかと、シンはサンゴウの瞳に浮かぶ開きかけた瞳孔に目をとめ、更にきつい声を張り上げた。

「いい加減にしろ!そこまで言うのならもう一々貴様に断りはせん!」

言い終えるかいなや、シンはサンゴウへと近寄りムジナに手を伸ばす。その手をバシッと振り払うサンゴウの瞳にはかつて見た冷酷さが宿っていた。

「よしてください。いくらあんたでもこればっかりは力ずくでも止めますよ」

その言葉の鬼気を感じて、シンも鬼の形相となってゆく。

「言ってもわからんのだから仕方あるまい。貴様に今死なれては困るのだ」

「俺がですか?あんたは自分が助かりたいからこいつを食おうって言ってるんじゃないんですかい」

「馬鹿なことを。それならばとうの昔に貴様らなど見捨ててこの地を離れているわ。言いがかりもはなはだしい」

鬼気迫る睨み合いのままふたりとも動こうとしない。

「あんた本当に人間じゃないのか?前のムジナが生きていた時妙なことを言っていたが、あんたがあの時奴に憑いたモンなのか?」

「そんなことは今はどうでもいい!とにかくそいつをこちらに引き渡せ」

シンの手がまた山犬に伸びる。その手をまた力強くバシッとサンゴウが振り払う。

「なぜそんなにまでしてこの犬を!」

シンがサンゴウの襟を両手で掴むと、サンゴウの瞳にわずかばかり光が宿った。

「あんたが何を思ってそうしようとしているのかまではわかりませんが、このムジナまで見殺しにしたらたぶんあんたは立ち直れないでしょうが。それにどうせこいつを食ったところで、俺ぁもうそんなには長く生きられないですから」

「何を勝手に決めつける!生きられないとはなんだ!誰が立ち直れないだと!」

襟を掴む手に更に力をこめて、シンは叫ぶように続けた。

「手前勝手に決め付けるのはかまわんが、せめて最後まで抗え!出ていない結果を見ずに判断するな!食えばまた元気になるだろう、そう思って食わなければ食われるほうも浮かばれぬ!」

「そういうところが、良いところなんですけどもねえ。そんなのだから化け物かもしれないと思いつつここまでついて来たんですや。前のムジナもきっとそうでしょうよ。だからあんなことになっても、きっとあんたを恨んでなんかいませんて」

「今はそういう話しをしているのではない!貴様が生きるか死ぬかの話をしているのだ!」

「だからそれはもう結果が出ているんですって」

「馬鹿を言うな!貴様はまだこうして話ができるではないか!諦めるな!」

「ですから、こうやって話しているのはあなたが頭で思い描いている幻影なんですって」

妙に落ち着いた声で、サンゴウは淡々と、先ほどまでの鬼気をいつの間にか消し去って、話続けた。

「もうここへきて何週間になったと思っているんですか。シンさん、しっかりしてくださいよ。俺ぁもこいつも、もうとうの昔に息なんかしちゃいないんだ。それを認めようとしないあんただから、いつまでたってもこんなところにいやがる」

「とっとと、先へ進んでくださいよ。ここまでなかなか楽しかったです。俺は一足先に前のムジナを探しに行って、見つけたらあいつの姉を嫁にして幸せに暮らしますや。このムジナもすみませんが一緒に連れて行きますから」

そう言い終えるか終えないかの間に、シンの手からサンゴウの息遣いが消えていった。驚きを隠せないシンはその隣にいる山犬へと目を凝らすと、確かに息をしてはいない。

「まだわからないんですかい?俺らはもうここにはいません。あんたのせいじゃありませんよ、こりゃしょうがないことなんですから」

「なぜだ、なぜこんなことが」

「あんたがいつまでも現実を受け入れないから、こんな珍しいことにもなったのかもしれませんね。まあ、俺ぁもこんなのははじめてだし、ひょっとしたらみんな死んだとしても誰かの思いが強ければこんなことよくあるのかもしれませんがね。どっちにしたって俺ぁにもこんなのははじめてだ」

「おい!サンゴウ!逝くな、こんなことぐらいで」

「無理を言っちゃいけませんな。人間食わなきゃ死ぬ。それが確かめられたと言うことで俺ぁけっこう満足してるんですがね。それ以外のことはあんたのおかげでよほど沢山、経験してきましたから」

その言葉を最後に、目の前にいるものはかききえていた。こぼれる涙のままに、シンはその場で膝をつき、そして数日前のできごとをありありと思い出していった。

穴を掘った、乾いた大地に。
広く大きな穴だった。

この洞窟からそう遠くない村で、飢饉だと言うからなんとかしようと頑張り、深く広い穴を掘った。

水が出ないかと闇雲に掘り進めるうちに、ひとり、またひとりと、村の人間は手伝いに来なくなった。

それでも掘り進めるうちに、わずかに湿気を帯びた層が出た。

犬のムジナがその部分を嬉しそうに舐めた。

サンゴウがもう少し掘れば何とかなるかもしれませんねと言った。

村の人間がまた手伝いに来るようになった。

そして

水は出ないまま、サンゴウが倒れ

ムジナもまたそれにならうように倒れた。

シンは別の場所に僅かな穴を掘り、ふたりを弔った。

その間に、村には水が出た。

それを見届けてシンはこの洞窟へと訪れ

そして数日間を過ごした。

「サンゴウ・・・すまなんだ」

『何をですかい?謝られるようなことなどなんもありませんぜ』

「嘘をつけ。貴様は本当は取って返して、ムジナの姉と添い遂げたかったのであろうが」

『それは俺ぁの領分ですから、あんたが気にするこっちゃありませんて』

「それでも、すまん」

『へいへい。気のすむように』

そうして暫くの間、シンは壁に背をつけて座り込んでいた。
外はまだ暑さが厳しく、出てゆく気力もわいてこない。

「俺はただの化け物なのかもしれんな。」

そう呟くと、膝を抱える力が抜けてゆくような気がした。

「やり方を考えてもこれでは埒があかん。誰かに学ぶ必要があるのかもしれぬ」

再び力を込めて膝を抱えると、シンは声を殺して泣き出していた。
鳶の鳴き声はこの地には聞こえないでいる。




# by MemenCrital | 2008-03-01 19:00 | 夢語り:運命のロンド 

穏やかに人となりて 草稿 (6) 結び

降る雨に打たれながら
積もる雪に身をさらし
日差しの下でカラカラに乾いて
落ち葉を踏みしめる

そうして
時は流れた

いつしかシンもその借物の肉体を朽ち果てさせ
気がついたときには
森となっていた
多くの命に囲まれて
生まれ、育ち、食べて食べられ
繰り返す命の連鎖を何も感じないままに
何千回かの夜が来た

森となったシンの心にはそれでもまだかつての後悔だけが根強く残っていた

何度となく繰り返される生き死にを繰り返し目の前で見せ付けられても
かつての3体の生命を己の采配から失わせてしまったことに
いや
そうとなっても恨み言ひとつ残さず
目の前から消え去っていったできごとに
囚われていた

やがて森がその命を終えたのち
シンは再び人の身となる決心をした
いくら考えても何を見て学ぼうとも
人となる以外に今己におきているどうしようもない心の迷いは
晴れないと気がついたからだ

そうして彼は一組の夫婦の元へと
その求める要請に割り込んで一個の受精卵へともぐりこんでゆく
女は夫を求めながら、その内に生まれくる魂を欲していた
男は妻をいだきながら、彼女と共に守り息づく分身を欲していた
そこへ割り込んだシンはそれではすまぬと思ったのか
本来くるはずの魂へとはたらきかけて
そうして人の子として
双子のひとりとして産声をあげた

時はかつてからどれほどの螺旋を描いたのだろうか
変わりなく空には鳶がゆったりと舞い雲が流れている

人の世は荒れ果てて、誰かしら末世だのとのたまい念仏が巷に流れるころ
ひとつの肉体を分けあった二つの魂が
互いの運命を自らの思うままに描き線をひいてゆく
穏やかに人となりて、太古の意思から生まれた兄と
求めに導かれ精を受けた弟の
ふたつの軌跡

季節の移ろいのように確かでしかしあやふやな人としての学びがはじまる




# by MemenCrital | 2008-03-01 18:00 | 夢語り:運命のロンド 

我ときて語れや思い願うままさりとて空の青さ変わりなく

現在の執筆もの
草稿だらけ

小説やら過去のあれこれやら
なんでも思うところがありましたら
お気軽に書き込みしてくださいな

井戸端のように囲炉裏端のように
お気軽にコメント欄にて
おくつろぎいただければのっぺんだらりのほげほげにございます

いじょ
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# by MemenCrital | 2008-03-01 01:19 | コメント・トラバ | Trackback | Comments(8) 

さわめくむねにきょらいせしもの

時の果て夢見ることもうすれかけ踏みだす足に確かな大地


【掌編】 かつていた場所より

# by MemenCrital | 2008-01-23 13:31 | 短歌:ごしちごしちしち | Trackback | Comments(0) 

迷える子羊の我が身へ

一人だけわかった顔して達観し目の前の大切なもの見失うのだ 蔑む者よ





自戒だぞっと
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# by MemenCrital | 2008-01-12 03:21 | 短歌:ごしちごしちしち | Trackback | Comments(0) 

街並み

去年までなじんでいたマチ年あけてささやき笑顔でバイバイと告げ


解説
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# by MemenCrital | 2008-01-06 17:46 | 短歌:ごしちごしちしち | Trackback | Comments(0) 

川辺にて

この河のながれそうよにわが道もゆるやかなりて海へと至らん



解説

# by MemenCrital | 2008-01-02 22:25 | 短歌:ごしちごしちしち | Trackback | Comments(2) 

今夜は はつゆめ

ずっとうつむいて歩いていた君は
空には朝が来ないと嘆き、足元の確かさだけを求めて
踏み出せずにじっとしていたような気がする

少しづつ顔を上げはじめる君の
その勇気を応援していたよ
怖いだろうが、ゆっくりと顔を前に向けはじめ
そして目の前が夜であっても
恐怖にかられて走り出さず
逃げ出さず
後戻りすることなく
前を見つめていたね

幼いその顔に
キラキラと輝く瞳が
木の上から見ていた僕も
その瞳の美しさに惹かれて
君の見つめるその先へと目を向けた



青い広い空が
広がっていたね
どこまでも続く青い空には
白い雲

幾日も幾日も踏み出せずにいたけれど
そんな君を少し心配したけれど
ようやっと
君は踏み出した
左足を一歩前へ

いつかその勇気を思い出して
同じような子供に君が会った時
君は自信を持ってその子と
同じ目線で話ができるだろう

優しい強い素敵な大人になりなさいね
そして子供達を守りなさい
君はいつかこの言葉を
君の子供へと伝えてください

その頃には僕も木の上から降りて
見ているだけでなく
君の傍を歩いていることだろうか
共に夢を追う友として
あるいは
同じ空を見上げる見知らぬ他人となり



巣立ちの日まで
応援をしよう
そして
支えよう
あまり甘やかし過ぎないように
厳しくしすぎないように



# by MemenCrital | 2008-01-01 09:35 | 小語り:短編・掌編 | Trackback | Comments(2) 

白き衣に包まれて


 年末の街角にひとりのギター弾きがいました。
 名前はセルシュリマといいます。
 都会へ出てきて八年間
 ずっと街角でギターを弾いていました。

 セルシュリマは目が少ししか見えないため
 楽譜も読めず
 いつも家に帰るとつけっぱなしの
 ラジオから流れる音楽を聴きながら
 ギターを練習していました。

 セルシュリマの生活の糧は
 棲家から程近いコンビニエンスストア
 そう
 ここは日本の都会の片隅なのです

 セルシュリマの生まれは遠く北欧で
 10年前に父に連れられてこの国へとやってきたのでした
 その時彼はまだ5歳
 父と離婚した母から贈られた
 一本のギターを大事そうに抱えて
 父に手を引かれ
 遠いこの地へとやってきたのです。

 この国に来て2年が経ち
 父は新しい母だといって
 見知らぬ女性を連れてきました

 セルシュリマはその人と会話ができず
 言葉が通じなかったので
 彼は日本語になじめなかったので
 仲良くなれませんでした
 そうして2年が過ぎた頃
 彼は家を出て
 一人暮らしをせざるをえなくなったのです

 原因はほんの些細なことでした
 日本の学校で義務教育を終えた後
 家でラジオを聞きながら
 遠く故郷を思い出すような番組ばかりを聞きながら
 セルシュリマが日々を送ることに
 父が心配をしはじめて
 その原因は継母の一言で
 「あなたはもう大人なのだから一人で生活できなければ」
 そう言われて
 セルシュリマは家を出ることになりました。

 とりあえず住むところは
 父が用意をしてくれました
 古い木造のアパートですが
 お気に入りのラジオと
 ギターを手に
 彼は家を出て新しい棲家へと移り住みました

 「これからどうしよう?」
 彼は一生懸命に考えて
 ギターを弾きながら暮らしていけたら
 そう思って気楽に
 実は継母といても気の休まる事がなかったので
 新しい棲家で日がな一日
 ギターを弾いていました
 アコースティックのナイロン弦から
 優しい音色がアパートに響き渡り
 時々大家さんから注意はされるものの
 特に困った事もなく
 父からの仕送りで一人部屋でギターを弾いて過ごしていたのです
 それだけで懐かしき故郷を思い出し
 母の面影を思い出し
 セルシュリマは一人、幸せでいました

 そんな生活が5年も過ぎた頃
 父と継母が仲違いをしたと
 父から連絡がありました
 そして
 その日から
 セルシュリマは仕送りがなくなり
 父は一人故郷の地へと帰り
 彼はそれについてゆく事を断った為
 これまでと違う生活へと移り変わってゆく事になったのです

 そうしてセルシュリマはつたない日本語で
 アルバイトの面接を受け
 アパートの家賃と
 日々の食事を得るために
 働くようになりました

 セルシュリマが25歳を迎える春先
 ふと耳にした街角で立って歌う人の歌声に
 自分も同じ事をしてみようと
 そう思いついて
 彼もギターを抱えて
 駅前のロータリーまで出てゆき
 歌を歌い続けたのです
 やがて道行く人が彼の歌に足を止めるようになって
 そしてある日
 彼に恋する女性が現れ
 その日からセルシュリマは
 彼女に手を引かれながら街角へと立ち
 歌い終えると
 また彼女に手を引かれ
 棲家であるアパートへと戻っていったのでした



・・・つづく







てんぷら
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# by MemenCrital | 2007-12-24 23:59 | 童語り:みんなのどうわ | Trackback 

白き衣に包まれて

 セルシュリマと彼女の生活がささやかに
 けれど優しさに包まれてはじまりました
 アルバイト先では視力の弱い彼に対して
 嫌がらせをする仲間もいましたが
 それでも彼はへこたれませんでした
 アパートへ戻ると彼女がいて
 優しい抱擁で迎えてくれたからです

 父と離れこの町へ移り住み
 街角に立って歌いだすまでの
 半年の間は
 何をしても辛く苦しく
 いっそ父の元へ帰ろうかと
 そんな思いを募らせたり

 その日々が彼女との出会いで
 あっと驚くほどに一変し
 気がつけば自然と二人
 同じ屋根の下で暮らすようになっていたのです

 彼女はデパートの衣料品売り場で
 女性向の洋服を販売するお店の
 接客係をしていました
 とても機転の利く
 そして素直な笑顔の頑張りや
 同じお店で働く仲間からそう呼ばれて
 いつも幸せそうな
 そんな笑顔で日々を過ごしていたのです

 セルシュリマはある日
 彼女に手を引かれながら駅前に行く途中
 ふと
 聞いてみました

 なぜ僕と一緒にいてくれるの?

 彼女は引き手をギュッと握りしめて
 誰にも聞かれないようにと
 セルシュリマの耳元へ顔をよせて
 こう答えたのです

 一緒にいたいから

 セルシュリマの目にも見えるように
 顔を近づけて微笑み
 そしてその日のセルシュリマの演奏は
 人だかりができるほどに
 優しく温かなものになりました

 やがて、季節が移ろい
 温かな陽気のなか
 薄着の若者が町を出歩く頃
 セルシュリマと彼女の生活に
 ひとつの変化が訪れました

 彼女の父親が娘の心配をして
 田舎から出てきたのです
 彼女は誇りを持ってセルシュリマを
 父親へ会わせました

 お父さん、この人と一緒にいるの

 そうして戸惑う父を
 駅前で歌うセルシュリマの所へと連れてゆき
 セルシュリマが歌い終えた後
 彼女の父はこう言ったのです

 そんな霞を食べるような夢を見て
 お前は一生苦労して生きてゆきたいのか

 彼女に向けて投げつけられた言葉は
 その笑顔とは裏腹に
 彼女の胸に小さく
 深く突き刺さりました

 平気よ、お父さん。苦労しても幸せだもの

 本人も気がつかないうちに
 信頼している人から投げられた言葉の棘
 それはその時は気がつかないとしても
 やがて痛み出すものなのです

 セルシュリマも彼女も
 そして彼女の父も
 その事には気がつかず
 それきり
 その日のことを忘れてしまいました

 そしてその後も
 セルシュリマは彼女に手を引かれながら駅前で歌い
 彼女も変わらぬ笑顔で日々を過ごし
 何年かが過ぎました

 変わりばえのない日々の中で
 少しづつ変わり始めたのは
 彼女が仕事の不平不満を言うようになったのと
 セルシュリマの歌声に耳を傾けてくれる人の数が
 だんだんと減っていった
 そんな小さなできごとでした

 ある日を境に
 彼女は疲れているからと言って
 セルシュリマの手を引いて駅前に行くことを断り
 そして
 その後暫くして
 彼女はセルシュリマのアパートから
 自分の荷物を全部持ち
 いなくなりました

 出会ってから5年目の
 夏の終わる頃でした
 セルシュリマは彼女を引きとめようとしましたが
 彼女はこう言って去ったのです

 あなたといても幸せになれないとわかったの・・・

 それから暫くの間
 セルシュリマは駅前に行くことも
 歌うことも忘れ
 アルバイトではヘマばかりし
 休みがちになり
 どんどん沈み込んでいきました
 飲めなかったお酒も
 毎日飲むようになり
 部屋の中で壁を見つめ
 楽しかった日々を思い返そうとするのですが
 思い出せず
 ただ最後に感じた言葉の痛みに
 耐えるようにじっとするしかなかったのです

 幸せになれないとわかったから・・・

 セルシュリマは
 それでも暫くすると
 アルバイトへはちゃんと行くようになりました
 気に入らない仕事仲間に対しては
 そうと素直に表現するようになり
 以前よりも楽にはなったのですが
 喜びはそこに見出せませんでした

 ただ、生きるために働く
 それだけしか考えていませんでした
 彼女の変化が唐突だったわけを考えた末に
 彼女の笑顔が
 実は気を使っての装いだったと
 そう思うようになっていたからです

 そうして
 セルシュリマは楽しかった日々を忘れたまま
 ギターに触ることもなく
 月日が流れてゆきました

・・・つづく

テンプレ
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# by MemenCrital | 2007-12-24 23:58 | 童語り:みんなのどうわ | Trackback 

白き衣に包まれて

 きっかけは些細な事からはじまるものです
 セルシュリマにとってそれは
 他の人にしてみればたわいもない
 けれど確かなきっかけ

 ある日起きたら
 前日に飲んだビールの空き缶に反射して
 壁に七色の虹が
 輪をつくっていました

 その模様をじっと眺めていると
 そこから
 いつか聴いた音楽が聞こえてくるような
 そんな気がしたのです

 他人にこんな話をしたら
 きっとそれは気のせいだよと
 そう言われたことでしょう
 あるいは思い込みだと
 そんな風に言われたかもしれません

 けれどセルシュリマは
 そうとは考えませんでした
 見えにくい目を必死にこらして
 その模様を見つめつづけて
 そうして聞こえてきそうで聴きとれない
 その音楽に耳を傾けつづけました

 そうすると
 セルシュリマの中で
 不思議な思いが浮かんできたのです

 ああ、考えてみたら僕はこれまで
 いつも誰かに手を引かれて生きてきたんだな

 そんな思いが浮かんでくると
 とたんにこれまでの
 心にあった重荷から
 解き放たれたような
 そんな錯覚さえ覚えたのです

 ああ、そうか
 彼女のお父さんが言っていたのはこの事なのか
 霞を食べるような人生かもしれない
 こうやって誰かに励まされなきゃ
 何にもできやしないのだからな

 セルシュリマはぼっとしながら
 朝日が昇るにつれて段々と薄れかかってゆく
 七色の光輪を見つめつづけました
 それは次第に
 彼にとっては誰かがくれた
 贈り物のように感じられてゆき
 そうして朝日が昇りきり
 その光輪が消えてしまって白い壁に戻った後も
 彼の心の中に
 静かに優しく
 残ったのです

 そうして彼はぼんやりとしながら
 いつものように朝の支度をし
 いつものようにアパートを出て
 アルバイト先へと歩いていったのです

 これまでずっとトゲトゲしい顔をしていた彼が
 いつもと様子が違うということに
 最初に気がついたのは
 普段から彼を毛嫌いしていた
 そんなアルバイト仲間でした

 セルシュ、お前今日も何かしでかすんじゃないだろうな

 そんな風にアルバイト仲間は話しかけました
 けれどセルシュリマはまるで普段と違い
 ただ笑って頷くだけでした

 やれやれ、こいつついにおかしくなったか

 そんな悪態も
 セルシュリマには届きませんでした
 彼はその日一日
 アルバイトではヘマをせず
 穏やかに確実に
 作業を終えたのです

 どうしたんだろうな、今日はこいつ仕事を増やしてくれないぜ

 最後まで悪態を聞き流し
 家路をたどるセルシュリマ
 そうして彼は
 家に帰ると
 もう弦の伸びきったギターを抱え
 外へとまた歩き出したのです

・・・つづく




テンプレ
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# by MemenCrital | 2007-12-24 23:57 | 童語り:みんなのどうわ | Trackback 

白き衣に包まれて

 すみません。このギターに張る弦をください

 そう言ってセルシュリマの入った所は
 小さなたたずまいの楽器店

 夕日が落ちて暫くたった
 夕闇の商店街
 シャッターを閉めようとしていた店の店員さんは
 セルシュリマの声に驚いて
 小さくきゃっと悲鳴をあげました

 すみません、驚かせて。
 お願いです、このギターの弦を売ってくれませんか?

 店員さんはセルシュリマをじっと見つめて
 そうして言ったのです

 あなた以前、駅前で歌を歌っていた外人さん?

 今度はセルシュリマが驚く方でした
 もうどれくらい前のことだったか
 彼すらも忘れていたのに
 その事を覚えてくれた人に会えたのです

 あ、弦ですね。中へどうぞ

 店員さんはそう言ってセルシュリマをお店の中へと導きました
 目が悪いということはすぐわかったのでしょう
 彼の肘をそっとつかんで
 気遣いながら店に中へと

 肘をつかまれてはじめて
 セルシュリマは店員さんが女性だと分かりました
 声を聞いたときには弦のことで頭が一杯で
 そして自分が歌っていたことを覚えてくれたことに驚いて
 そんなことにも気がつかなかったのです

 このギター、どうしてナイロン弦で使っているの?

 そう言って彼女は優しく話しかけてきます

 母さんに貰ったときにそうだったから
 ずっと同じものを使ってきただけです

 セルシュリマはそう答えて
 少しドキドキしていました

 ふーん、珍しい形のギターね
 これならアコースティックの弦でもいい音がでるかも

 それから彼女は弦を選び
 そうしてギターに新しい弦が張られました

 はい、音合わせはどうしますか?

 あ、はい。自分でやります

 セルシュリマはドキドキしながらも
 新しい弦が張られたギターを手にし
 そうして音を鳴らしだしました

 指先にあたる感触が
 少し硬く感じました
 金属の硬さが
 左手の指先に少しだけ痛みを感じさせました

 どうかしら?この弦ではあいませんか?

 セルシュリマは少しづつゆっくりと
 弦を抑えてひとつづつ音を合わせるのに必死です

 やがて全ての音合わせが終わると
 ぼろろろーんと
 柔らかなけれどしっかりとした
 そんな音が店内に響き渡りました

 店員の彼女は黙ったままセルシュリマの様子を見ています

 そして、セルシュリマはゆっくりと
 昔から習い覚えた
 これだけはそうだ、自分で覚えてきたんだと
 そう思い出しながら
 曲を奏ではじめました

 店に響くアコースティックの響き
 ゆっくりととめどなく流れる
 穏やかな旋律
 空気が同じリズムで
 揺れて踊っているような
 そんなふうだと
 彼女は思いました

 そうしてセルシュリマが引き終えた頃
 満足げにまた聞きました

 どうかしら?この弦?

 ありがとう。気に入りました。おいくらですか?

 セルシュリマも満足げにそう答えます

 はい、1200円になります

 けっこう高いのですね

 ごめんなさい。でもこの弦の音が好きなので

 そう答える彼女の声に
 セルシュリマは少し笑顔になり聞きました

 おすすめの弦なんですか?

 いえ、私が個人的に好きなだけで、店のおすすめとはまた違います

 それだけでセルシュリマは満足してしまいました
 遅い時間にやってきて
 自分が目の悪い事にすぐ気がつき
 肘を持って店内まで招き入れ
 そして音合わせと一曲引き終わるまでの間
 自分に合わせて待っていてくれたのだなと
 そう思っていたからです

 ありがとう。これを頂きます。

 そう言ってセルシュリマはポケットの財布からお金を取り出すと
 彼女へと渡しました

 あの

 彼女が恐る恐るたずねてきました

 また、駅前で歌われるのですか?

 そういう声に、セルシュリマははいと答えました

 では、一緒に行きませんか。実は私もあそこで歌っていたんです

 その言葉には、セルシュリマはいいえと答えました

 僕はこれまで、ずっと人の手を借りてきたんです
 だから今日からは自分の手で、何でもできるようになりたいんです

 少し冷たいかなと思いましたが
 そう決めたのはまだ今朝のこと
 その日の内に変えることなどできないと
 セルシュリマは考えていました

 するとそんな彼の考えを読み取るかのように
 彼女は答えました

 では、聴きに行ってもいいですか?

 それはセルシュリマにとってもいいえとは答えられない問いでしたので
 彼は黙って頷きました

 ありがとうございます。用意しますので、少し待っててもらえますか

 そういう彼女にセルシュリマははいと頷き
 そうして店先から外へ出ると
 頬になにか冷たいものが冷やりと触れました

 あら、雪ですね

 この街には珍しく早い雪でした

 ホワイト・クリスマスですね

 シャッターを下ろす音と共に、彼女の優しい声が届きます

 どうしますか?この雪ではギターが痛んでしまうかもしれませんよ

 セルシュリマはその言葉を聞いて少し悩んで
 そして彼女に振り返ると
 恥かしそうに言いました

 すみませんが、今日は演奏を中止します。ごめんなさい。

 すると彼女が言いました

 そんな謝らなくても。どうしても演奏したいのでしたら、またお店開けますよ。

 セルシュリマは驚いて聞きました

 どうしてそんなに優しいのですか?

 彼女はこともなげに答えます

 先ほどの演奏で、気持ちが優しくなれました。だからそのお返しです。

 そうして、セルシュリマはありがとうと答えると
 彼女はふたたびシャッターを開け始め
 やがて
 商店街の片隅から
 優しい軽快なリズムに乗って
 セルシュリマの音楽と歌声が
 穏やかに、ゆっくりと響きはじめました

 聴衆はたったのひとり
 それでもセルシュリマにとっては
 大切なはじまりの日
 再出発の日となりました

 やがて歳月が流れ
 彼は今でも
 駅前に立ち歌を歌っています

 年末の街角にひとりのギター弾きがいました。
 名前はセルシュリマといいます。
 都会へ出てきて八年間
 ずっと街角でギターを弾いていました。

 セルシュリマは目が少ししか見えないため
 楽譜も読めず
 いつも家に帰るとつけっぱなしの
 ラジオから流れる音楽を聴きながら
 ギターを練習していました。

 セルシュリマの生活の糧は
 棲家から程近いコンビニエンスストア
 そう
 ここは日本の都会の片隅なのです



・・・完





テンプレ
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# by MemenCrital | 2007-12-24 05:25 | 童語り:みんなのどうわ | Trackback 

かえるところ

 何年かけたら本当の帰る場所というものが見つかるというのだろうか?
 それは人それぞれなのかもしれない。見えてくるまでしらけないで、行ったり来たりして探すしかないのかもしれない。ぼろぼろになるまで体を痛めて、心傷つけ傷つき、それでも見えないと嘆きながら、しかし自分自身の為に自ら見つけだそうとしなければそこは永遠に見つからないものなのかもしれない。そう感じるきっかけは、生まれた所から遥か遠い地で偶然に舞い込んできた。

 23世紀に入るほんの数年前から、世の中は急激に冷めていった。といっても気温とかではない。人の心がどんどん冷めていったと、ハイスクールで知り合った黒人の友が言う。背の高いスリムな体つきで、踊らせたら誰もが集まるほど熱いダンスをする奴だ。名前はミシェル。女みたいな名前だといつも気にしていたんだが、親しい仲間は誰もそんなことは気にしていなかった。酒を飲んではしゃぐ時以外は、だが。

 ミシェルは言う。世の中がわかりやすくなりすぎてみんなやる気が出ないのだと。カレッジに進んだ頃も、そう言って毎週のように電話をかけてきた。こちらは進学する気も金も無かったので毎日を汗水たらして過ごしていたころだ。そんな電話になんど切れて「お前は恵まれすぎているからそんな余計なことをいつも考えてしまうんだろう。」と素っ気なく切ったこともある。それでもミシェルは毎週電話してきては、同じことをいろいろなケースに当てはめて何度も話す。講義に出ている連中の様子がどうだとか、アルバイト先の様子がこうだとか、そんな話をきりなく話す。そうしている間に俺はレストランのセカンドになり、ミシェルはカレッジを途中で辞めた。理由は、あまりにまわりが諦めていてここにいたら自分まで冷めてゆきそうだということらしい。

 ほんの一世紀ちょっと前に地球は一つの国家になり、世界中のノウハウがネットに網羅されていた。ミシェルはそういったものを沢山知りすぎて嫌になってしまったのではないかと、話を聞いてきて思う。何をするにも How to がそこにあり、スターになりたければこれとこれをクリアすれば良いとか、学者になりたければこれとそれ、映画監督になり有名になりたければあれとこれ、といった具合に何をするにも儀礼的な試験を通過すればよいわけだ。開拓的なものなどわずかしかなく、全てができあいの順番待ちでしかない。そう言っていたのを覚えている。あれはミシェルが図書館にこもりがちになり、俺がいよいよ海外へと修行に出かける矢先だった。

 「君はいつでも楽しそうだな。なぜそんなに楽しいんだ?先は分かりきっているのに。」と、旅立つ時に見送りに来てくれたミシェルが言った。目は寂しそうにほほ笑みながら、握った手のひらから憐れみに似た感情が伝わってくる。「俺はこの先がどうなるか分からないから。」そう言って返した言葉に、ミシェルは少しだけ目を瞑り胸の前で手を合わせた。「君のこの先に幸あれ。」そう呟くと、ミシェルは空港から姿を消した。正面の出口に向う背の高い友人は、背中がやけに寂しそうだった。

 祖父の生まれたという土地でいろいろな料理の勉強をしながら、仮宿である家に帰るとPCのスイッチを入れて過ごす。海を隔てたこの地と故郷とが繋がる瞬間だ。いろいろなできごとが海の向こうで起きているということを見ながら、毎週必ずやってくる友のメールを心待ちにしていた。いつもいろいろな映像と一緒に、相変わらずシニカルな言葉をつけてくる。映像はほとんどが俺の好きな景色や、街並み、人々の笑顔だった。

 ここへきて半年ほどたった頃、ミシェルから届いたメールの映像に意外なものが写っていた。懐かしい顔たちだ。ミシェルは毛嫌いしていたハイスクールの仲間達が何人か、映っていた。カメラを向けているのはミシェルだろうか、みんなに一言づつ何か言うようにと声が聞こえた。リラックスした明るい声だった。

 「ハイ、元気?突然で驚いた?調子はどう?」懐かしい声だった。クラスメイトのミカ。「よう、今はそっち何時だ?」笑った顔がどうしてもいやらしく見えるのはもはや個性だな。シャール。「お客さん何人ぐらい食当りにした?俺んちの店から薬送ってやるから連絡先教えろよ。」くりくりした目で話すのは昔と変わらない、サム・ビーン。「いつ頃帰ってくるの?元気でね。」そう言った彼女は、お腹がずいぶんと膨れていた。懐かしいキャシー。

 「よう、どうだ?そろそろ帰りたくなってやしないかと思って、みんなに連絡してみたぞ。こっちのことはあまり気にしないで、頑張って帰って来いよ。」ミシェルがそう言って映像に大きく写った。ずいぶんとやつれた様子だが、目の色が前よりも元気に見える。「お前もたまには文字ばかりでなく、声やそっちの映像を送ってくれよ。」にこっと笑った口元に、白い歯が見えた。

 あのミシェルが、何があったのか知らないがずいぶんと変わったものだ。そう思いながらけれど映像を何度も見返しては、異郷の地で独りニヤニヤと笑う。早速明日にでもビデオカメラを買いに行こうと思った。そしてみんなにも連絡をしようと思う。映像に収めるのは一緒に働くここでの仲間が良いだろうか?

 そうして、性格的に似かよっているが行動原則はまったく逆の友に対して、感謝をする気持ちになれた。初めての感謝かもしれない。そんな自分があまりに傲慢に感じて、風呂へと向かい明日のことへと気持ちをスライドさせてゆく。

 明日のあれこれを考えながら、気持ちは遠い未来へと向かってゆく。いつかわからないが、あの場所できっとみんなに会えるだろう。そう願いさえすれば、きっと。

 その日の風呂がやけに熱かったのを日記に書き記し、変わりばえのない日々の中をまた一つ一つ、自分で体験して学ぶ明日への準備をはじめた。まずは寝ること。睡眠は生きてゆく上で重要なものだと、そろそろ体が教えてくれる年齢にさしかかっている。そんなことをメールに書き終えると、俺はゆっくりとベッドへと向った。かえる場所があることを感謝しつつ、まだもっとやりたい事があると自分に言いきかせて、部屋の明かりを手元のスイッチで消した。
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# by MemenCrital | 2007-11-25 00:23 | 小語り:短編・掌編 | Trackback | Comments(0) 

穏やかなその人と僕、郊外にて・・・

 繋がりと離れてしまった心の小ささは、遠くに見える巨大な繋がりをこの目で確かめられたからこそ感じられたものなのかもしれないね。

 そう言って、その人は柔らかな笑顔で、空の向こうに見える都市を指さしていた。

君はどうしてこんなところにいるんだい?

 まだ都市を指さしたままで、その人の言葉が風のように囁き続けている。

離れて生きてゆくのも一つの道だけれども、その為の知識も経験もないのではそれは自殺と変わらないかもしれない。何も知らずに生きてゆけるほど自然の世界は甘くは無いからね。野生動物のように、その身の設計図に生きてゆく本能を刻み込ませてきた種族なら別かも知れないけれど、人間は言葉でそれを伝達しようとしているのだから、本能をあてにしてもどうにもならないかもしれない。

 やっと指をおろして、けれどその人はまだ都市を見ている。

それとも君は、失ったかもしれない人の本能に賭けてみようとするギャンブラーなのかい?

 やっとこちらを見た。その笑顔はとても穏やかだった。

可能性はいつも無限にある。けれど人は猜疑心が強いから、可能性の扉が開く前にいつも後戻りをしてしまう。そうして開けなかった扉がどれくらいあるのか、君にはわかるかい。

 不思議な瞳の色だ。瞳の中に世界が映し出されている。濁りの無い、あるがままの世界が。

扉はいつも、それぞれの個人に開かれて閉じる。開きっ放しはないんだ。誰かが通ったからといって、その後を簡単に通れるものは、実は扉のこちら側に外の景色を映した模型をつくりあげているようなモノなんだ。

 そこまで言うとその人は立ち上がって、そうして軽く伸びをした。

さて、私はもういくよ。君はまだあちら側にいる方が良い。戻ってもっと学んで、その気があればまたおいで。

 いつもの僕なら、例えば親にこんな言い方をされたとしたら、反発していたかもしれない。いや、反発していただろう。けれどなぜか、抗えない重さがそこにあった。

ああ、学ぶということをあちら側では誤解しはじめているようっだけれど。知識はいくら詰め込んでも学んだことにはならない。それを忘れないでね。

 そう言い残して、その人は去っていった。

 僕は遠くに見える都市へと向かって、ゆっくりと息を吐き出した。そうしてやっとのことで立ち上がると、これまで感じたことの無い覚悟を決めて、その最初の一歩を踏み出していった。


元出し: 2006-08-12 09:42 連鎖の切れた空間に浮遊す... ダーサ

# by MemenCrital | 2007-10-27 05:02 | 小語り:短編・掌編 | Trackback | Comments(0) 

ジジ - エンデのモモより -

 ジジと呼ばれた青年は、モモが時間の花を取り戻した後も、抜け殻のように日々を過ごして、語る言葉も枯れてしまい、傍にいた人々も離れ、気がつけばもてあました財産とそれは豪華な別荘に、たった独りで暮らしつづけていました。

 モモが何をしたのかも知らずに。

 モモが会いたがっていることも知らずに。

 そんなある日、ジジの元にどうした事か、灰色の男が一人、突然に現れたのです。いつものように窓から青い海と空を眺めていると、その窓にかかったカーテンの横に、気配もなく、その男は現れました。

 ジジは暫くの間気がつきませんでした。目の前に広がる青一色に目を向けながら、心はそこにはいなかったからです。この数日間、モモと再会しそして別れた日から、ジジの心は自分の中にはありませんでした。いったいどこへ行ったというのでしょうか。それはジジ自身にもわからず、ただ日々を食べる事と寝る事と、そして窓の外を眺めるだけで過ごしていたのです。

 不意に、灰色の男が声をかけました。ジジに向って。
 「ジロウラモくん、少しだけここにいてもいいかね?」

 ジジはその声を聞いて、手を振って応えました。
 -そんなのあんたの好きにしてくれ-

 その動作を見て、灰色の男はカーテンの影からジジの前へと進み出てきたのです。口にはもう残りわずかとなった葉巻をくわえて。

 「君の友達のせいで、私達はもう私一人になってしまった。無駄な時間を割いて悪いが、君に言いたい事があって私はここへ来た。」

 ジジは相変らず興味を示しませんでした。目の前に広がる青一色の景色の中に、ほんの少しだけ、白い雲がわきたってきているのを眺めていました。

 そんな様子のジジにお構いなしに、灰色の男は自分達の存在について誇り高く語りだしました。まるで人形に向って話しかける幼子のように、あるいは教会に懺悔をしに来た罪人のように。

 そんな言葉をジジはただ聞いていました。抜け殻の心があった場所に、それらの言葉がだんだんと溜まってゆくのも気付かず、ただ聞いていたのです。

 「しかし今となっては、私達はやり方を間違えていたような気がする。今更こんな事を言ってもどうにもならないがな。いや、むしろ他の皆がいたら言ったとたんに消されていただろう。」

 灰色の男のその言葉に、ジジの心に溜まったものが少しだけ変化をしはじめました。

 「我々は急ぎすぎたのだと思う。どちらにしろ君らから時間を奪わなければ生きていけない存在ではあるが、そのやり方に何か問題はなかったかと、一人になって私は考えるようになったんだ。」

 そうして灰色の男は、様々な角度から色々な可能性を語りだしました。時間を分けてもらいながら共存する道は無かったのかと、その話をまた長い時間をかけて話してゆきます。

 灰色の男の葉巻は、もう後残すところ数分程度の長さにまで減っていました。手にはアタッシュケースも持ってはいません。それでも彼は、共に生きる方法をいくつもいくつも語り、そうしてジジの心にその言葉がだんだんと輝きを増して積もっていったのです。

 「・・・そろそろ私も時間が無くなる。すまなかったな、ジロウラモ。私達のせいで大切な仲間達と離れて暮らさざるをえなくしてしまって。」

 これはいったいどうしたことでしょうか?灰色の男が自分達の存在をあれだけ肯定してきたにもかかわらず、ジジにすまなかったと言うのです。

 その瞬間、ジジの目から涙がひとつぶ、流れて床にポツンと落ちました。心の中に溜まった灰色の男の言葉の数々が、いくつもの色を放ち、ジジに心に近い何かを与えたようです。

 ジジはそうしてはじめて灰色の男へと目を向けました。するとそこには、今にも消えかかりそうな透明な姿をした一人の男が立っていました。窓から差し込む太陽の光が男の体を通り抜け、壁一面に七色の光を放っていました。

 「私は君が話したり書いたりしたものを、仲間に隠れてこっそり読んでいたよ。正直なところなんとも思わなかった。しかし今回の事で一人になってしまって、もう一度読み返した君の本の中に、何かしらよくわからない不思議な感覚を呼び覚ますものがあってね・・・それ・・・で。」

 最後まで言い終えないうちに、元灰色の男だった彼はすっかりと透明になり、壁一面にプリズムをとおしたような虹色の光沢を暫くの間残すと、何もなかったように姿を消してしまいました。彼の最後の葉巻がつきたのです。

 残されたジジは暫くの間七色に輝く壁をみつめていました。だんだんとその光が消えてゆく中で、ジジの心の中に生まれた新しい心が、壁の光を吸い込むように、力強く、大きなものとなってゆきました。

 そうだ、みんなのところへ戻ろう。

 ジジは自分の中に生まれた新しい心に気付きもしないで、けれどそう決心しました。

 またみんなのところに。

 そう思ったらもう部屋でじっとしていられなくなり、その日の内に別荘を出て、懐かしいあの円形劇場へと足を向けたのです。

 モモに、ベッポじいさんに、みんなに会いたい。

 こうしてジジは、少し遅れてしまいましたが、みんなのところへと向かい足を一歩踏み出したのでした。飛行機で飛んでも何時間もかかる距離を、ジジは自分の足で歩いてゆくことにしたのです。新しい心がそう願ったから。

 ジジがみなのところまでたどり着く間、ジジの通った町や村で元気に夢を語り、共存を語る一人の青年の噂が後をたたず。やがてそれらの噂がモモたちの耳に届く頃、やっとジジはモモに再会できたのでした。もうそのときには二人とも大人となっていたそうです。

 その後ふたりがどうなったかは、皆さまのご想像におまかせします。

 ベッポ爺さんは相変らずジジと仲がよく、昔子供達だったみんなも大人になり、町は少しづつ変わっていったと噂話は届きますが、ジジとモモがどうなったのかは、私のところまで聞こえてはきません。

 きっと中睦まじく昔のように暮らしているでしょう。そう願いたいものです。

- 完 -


よみおわったらどうぞ♪ - by Angela Aki

モモ (岩波少年文庫(127))
ミヒャエル・エンデ / / 岩波書店
ISBN : 4001141272
スコア選択: ※※※※※


ファンタジーとは現実から遊離したり、おとぎの国で空想的な冒険をすることではありません。ファンタジーによって、私たちはまだ見えない、将来起こる物事を眼前に思い浮かべることができるのです。私たちは一種の予言者的能力によってこれから起こることを予測し、そこから新たな基準を得なければなりません。
       ミヒャエル・エンデ


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# by MemenCrital | 2007-08-19 23:49 | 童語り:みんなのどうわ | Trackback(1) 

海と大地と空の虹

書きあがり時刻です。
そんだけ・・・。

ご意見・ご感想、お待ちしています。

そんでもって
これにぴったりな
言の葉をみつけた。

作者に了解を得て
転載

  海は つながっている
  空も つながっている
    言葉が つないでいる
  心を
つないでいる


海と空の未来に幸あれ
そして、大地にも・・・ ^^♡
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# by MemenCrital | 2007-08-10 03:38 | 夢語り:きみと逢うマチ | Trackback(1) 

海と大地と空の虹 - 「Style HB」 深夜の倉庫街 -

「シーン16、カット2。よーい、ドン!」

オレンジ色の光に包まれた港の倉庫に、映像監督兼カメラマンでもある大地の声が鳴り響く。辺りにひと気も無く、今現場にいるのは気心知れた三人だけだからだろうか、普段の撮影よりも声に張りがある。

「そうやって生きてくのがあなたのスタイルなのかもしれないけどさ。それならそれでかまやしないけどさ。けど付いてく方の身にもたまにはなってよ!誰も寄せ付けない生き方なんてしないで!!」

女優の海は最後の台詞を絶叫した。カメラを覗き込んでいた大地と、その横で出番を待っている空の眉が同時にピクンと上がった。

「カット!」

その声で役から抜け出してきた海が、不機嫌そうに大地に文句を言う。

「なに、どっか駄目なの?」

「うーん、駄目とは言わんけどよ、そうヒステリックな女じゃ無いんだよ、このヒロコって役は。そこがな・・・。」

「こういう場面になったら想いをぶつけるわよ。女なら誰だって。」

「それはお前の思い込みだ。世の中には色んな女がいるだろう。ヒロコは海じゃないんだから、最後の台詞はもう少し抑え目に、できれば非難するんじゃなくてお願いするように言って。」

「・・・わかった。じゃもう一回。」

大地と海の会話の間、空は無言で台本を読んで、時々頭を掻いている。そんな空の様子を見ながら、海はもう一度役に入り込んでいった。大地もカメラを覗き込み、テイク2に入る。

「はい、回った。シーン16、カット2、テイク2・・・スタート!」

「そうやって生きてくのがあなたのスタイルなのかもしれないけどさ、それならそれでかまやしないけどさ・・・。けど付いてく方の身にもたまにはなってよ!・・・誰も寄せ付けない生き方なんて、しないで・・・。」

港の方にどこからか船が着いたのだろう。ボーっと汽笛の音がタイミング良く鳴り響いた。

「OK!カーット!!」

時間はそろそろ0時を回ろうとしている。
貨物置場らしいこの場所にも、時折波の音が静かに響きわたる。

自主制作の映像を撮りに来た大地と海と空の三人。
ともに歳の頃は20代前半。

大地は身長165cm前後。大人びた雰囲気ながら頑固さのにじみ出る容姿をしている。監督でありカメラを回し、一緒に音取りとタイムキーパーを兼ねている。そのためワンカット毎にずいぶんと時間がかかる。色々なものをチェックしてカットが繋がるようにと、やることが多いからだ。

たった今演技を終えてカメラ前から二人の元へと歩いてくる海は、身長160cmと自分では言っている。が大地と並ぶとほぼかわらない背丈で、ヒールもそれほど高くないパンプスを愛用している。目立つ特徴は目だろうか。目鼻立ちがハッキリしているというわけではないが、目に宿る意志の強さは大地も空もたじろぐ程で、まさに今その目が、先ほどの演技に対して不満を物語っていた。

戻ってきた海に預かっていたコートをかけてやる空は、身長170cm前後。やわらかな雰囲気を漂わせながらも、海の不満げな目を見て片眉を上げて笑っている。大地がせっせとコンテやタイムシートに書き込んでいるのを横目に見ながら、さりげなく海に話しかけた。

「納得いかない?」

「うーん、そっちじゃなくてちょっと不完全燃焼ぎみかなぁ。」

「演技に?」

「たぶん、そうじゃないみたい。」

空はわかったようなわからないような顔をして、頭を掻いた。それを見て海が突っ込む。

「空、次のシーンで髪型変わっちゃうわよ。繋がらなくなったらもう一回撮り直すわけにいかないんだから、頭掻かない。もう、シャンプーちゃんとしてるの?」

「シャンプーは毎日欠かさないけどな。俺ほら、ちょっとでもプレッシャーがかかると頭痒くなるって言ってるだろ。」

「それ聞き飽きてる。一回頭髪チェック行ってこい。」

「大丈夫。うちの家系に禿げは少ないから。」

「そういう意味じゃないでしょう!」

言われて笑い、また頭を掻く空。海はしょうがないなという顔をしながら、笑顔が戻っている。

それを待っていたかのように、大地が次のシーンを指示し始めた。

「おし、次は二人で手を繋いで走り出すシーンから撮るぞ。」

「どのシーンだっけ?」

空がとぼけたようにあえて言う。

「てめえで書いた脚本ぐらい頭にいれとけ!シーン19の1から3まで、つないで撮って後で編集いれる。」

「へいへい。」

手にした台本や身につけたコートを荷物置き場へと置いて、空と海は大地監督の支持どおりの立ち位置へと向かう。

「いくぞ、よーい・・・ドン!」

準備無しでいきなりカメラが回りだし、空は役のシンになり、それに負けじと海はヒロコになる。
シンが何かに気付いたように波止場の先を見つめる。

「ヒロコ、来い!」

強引にヒロコの手を掴み、何のことだかわからないまま引張られてゆくヒロコの表情は不安に怯えている。

「何?何かあるの?」

「いいから黙って来い!」

大地はカメラの下にバランスを取るための錘を下げ、手持ち状態で二人を追ってゆく。左手でカメラを操作し、右手の収音マイクはしっかりと二人を狙っていた。

倉庫を走り抜け、オレンジ色の光から少し外れた所まで走りきると、シンはヒロコから手を放した。

「これっきりにするか?そうすればこんな思いはもうしなくてすむぞ。」

ヒロコは肩で息をしながら、シンを見つめている。

大地監督はカメラをヒロコの表情へクローズアップする。マイクはシンへと向けられた。

「決められないなら決めてやる。これっきりでサヨナラだ。」

ヒロコの目から大粒の涙が溢れだしてゆく。

大地監督はカメラを持ちながらニ三歩下がり二人が映る位置まで移動した。右手でレンズの調整をして二人の動きをとらえる。

シンがヒロコに背を向けて歩き出す。崩れるようにしゃがみこむヒロコの背中は、涙と息切れで上下している。

シンが完全に光から切れ、シルエットになった瞬間、ヒロコは残った力を振り絞るように駆け寄った。

シルエットの中、横に並び向かい合った男女の姿が、大地監督の回すカメラのレンズに写っていた。

そのまま二つの影が重なる。
抱き合うシルエットをとらえつつ、緊張感がその場を支配する。

ヒロコの影が動いた。

シンの影も合わせて動く。

そうしてゆっくりと顔が近づいてゆき、唇が重なりあう。

その時間がどれほど続いただろうか・・・。

不意にヒロコの頭の上に、手影絵でよくやるキツネの姿が現れた。キツネは辺りをキョロキョロと見回している。

同じようにシンの頭の上には、手影絵のうさぎが現れた。うさぎもキツネと同じようにキョロキョロと辺りを見回している。

やがてキツネはうさぎを見つけ、おもむろに噛み付いた。うさぎはおたおたばたばたと手足を動かし、最後にパタリと息耐えた。

「く、くくくくく・・・。」

大地監督が押し殺した声で笑い始めた。

「・・・おい、大地ぃ。」

重なり合っているはずの唇から、空が我慢できずに声を出す。

「俺の脚本、ここまで書いてないぞ・・・。」

「あははははは!OK、カットー!」

その声にやっと影間から出てきた空と海は、二人して大地を睨みつけていた。

「どこまでやればいいのかわかんないじゃない。まったく・・・。」

笑いながら責める海の声は。

「本当だよ。シンの役だとあのままあの先までいっちまうぞ。勘弁してくれよ。」

空は苦笑して大地を責める。

「だよね。来るかなって覚悟しかけたけど、作品としてどうかなって思って。けど空、キスくらい芝居なんだから本当にしてよ。」

「ご勘弁願います。ファースト・キスは運命の人とするって毎年祈願してるんで。」

「げ、あんたまだなの?キモー!」

「うっ・・・胸に刺さる言葉を・・・。」

大地はそんな二人のやりとりを聞いているのか聞いていないのか、せっせとコンテチェックに余念が無い。

「おい、弁解なしか!大地!」

空が少し強めに言うと、大地はあっさりと答えた。

「ちょっと遊んだだけだ。ぎゃあぎゃあ言うな。」

それっきり言うと、大地はさっさと荷物のあるほうへと向かって歩いていった。

「あれ、さっき私が意見したことへの仕返しかな?」

海が空にたずねる。空は大地の後を歩き出しながら答えた。

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。気になるなら本人に聞いてみたら?」

「聞いたって答えっこ無いもの。」

海も空の後をついて歩き出してゆく。

夏の夜、柔らかなオレンジの光に包まれた倉庫街。今年は冷夏なのか少し肌寒いなと感じながら、海は前をゆく二人の背中にぼんやりと自分の夢を思い描いていた。

表現したい!これまで溜め込んできたものを!
そしてこれから経験する色々な出来事を!
喜びとか悲しみとか、全部を演じてみたい!

頼りになるのかならないのかまだまだ未知数の二人だけど、お荷物にならないように頑張っていこう。

そんなことを考えながら歩く海の笑顔は、希望に満ちていた。



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# by MemenCrital | 2007-08-05 23:30 | 夢語り:きみと逢うマチ | Trackback 

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