海と大地と空の虹 - 「Style HB」 深夜の倉庫街 -

「シーン16、カット2。よーい、ドン!」

オレンジ色の光に包まれた港の倉庫に、映像監督兼カメラマンでもある大地の声が鳴り響く。辺りにひと気も無く、今現場にいるのは気心知れた三人だけだからだろうか、普段の撮影よりも声に張りがある。

「そうやって生きてくのがあなたのスタイルなのかもしれないけどさ。それならそれでかまやしないけどさ。けど付いてく方の身にもたまにはなってよ!誰も寄せ付けない生き方なんてしないで!!」

女優の海は最後の台詞を絶叫した。カメラを覗き込んでいた大地と、その横で出番を待っている空の眉が同時にピクンと上がった。

「カット!」

その声で役から抜け出してきた海が、不機嫌そうに大地に文句を言う。

「なに、どっか駄目なの?」

「うーん、駄目とは言わんけどよ、そうヒステリックな女じゃ無いんだよ、このヒロコって役は。そこがな・・・。」

「こういう場面になったら想いをぶつけるわよ。女なら誰だって。」

「それはお前の思い込みだ。世の中には色んな女がいるだろう。ヒロコは海じゃないんだから、最後の台詞はもう少し抑え目に、できれば非難するんじゃなくてお願いするように言って。」

「・・・わかった。じゃもう一回。」

大地と海の会話の間、空は無言で台本を読んで、時々頭を掻いている。そんな空の様子を見ながら、海はもう一度役に入り込んでいった。大地もカメラを覗き込み、テイク2に入る。

「はい、回った。シーン16、カット2、テイク2・・・スタート!」

「そうやって生きてくのがあなたのスタイルなのかもしれないけどさ、それならそれでかまやしないけどさ・・・。けど付いてく方の身にもたまにはなってよ!・・・誰も寄せ付けない生き方なんて、しないで・・・。」

港の方にどこからか船が着いたのだろう。ボーっと汽笛の音がタイミング良く鳴り響いた。

「OK!カーット!!」

時間はそろそろ0時を回ろうとしている。
貨物置場らしいこの場所にも、時折波の音が静かに響きわたる。

自主制作の映像を撮りに来た大地と海と空の三人。
ともに歳の頃は20代前半。

大地は身長165cm前後。大人びた雰囲気ながら頑固さのにじみ出る容姿をしている。監督でありカメラを回し、一緒に音取りとタイムキーパーを兼ねている。そのためワンカット毎にずいぶんと時間がかかる。色々なものをチェックしてカットが繋がるようにと、やることが多いからだ。

たった今演技を終えてカメラ前から二人の元へと歩いてくる海は、身長160cmと自分では言っている。が大地と並ぶとほぼかわらない背丈で、ヒールもそれほど高くないパンプスを愛用している。目立つ特徴は目だろうか。目鼻立ちがハッキリしているというわけではないが、目に宿る意志の強さは大地も空もたじろぐ程で、まさに今その目が、先ほどの演技に対して不満を物語っていた。

戻ってきた海に預かっていたコートをかけてやる空は、身長170cm前後。やわらかな雰囲気を漂わせながらも、海の不満げな目を見て片眉を上げて笑っている。大地がせっせとコンテやタイムシートに書き込んでいるのを横目に見ながら、さりげなく海に話しかけた。

「納得いかない?」

「うーん、そっちじゃなくてちょっと不完全燃焼ぎみかなぁ。」

「演技に?」

「たぶん、そうじゃないみたい。」

空はわかったようなわからないような顔をして、頭を掻いた。それを見て海が突っ込む。

「空、次のシーンで髪型変わっちゃうわよ。繋がらなくなったらもう一回撮り直すわけにいかないんだから、頭掻かない。もう、シャンプーちゃんとしてるの?」

「シャンプーは毎日欠かさないけどな。俺ほら、ちょっとでもプレッシャーがかかると頭痒くなるって言ってるだろ。」

「それ聞き飽きてる。一回頭髪チェック行ってこい。」

「大丈夫。うちの家系に禿げは少ないから。」

「そういう意味じゃないでしょう!」

言われて笑い、また頭を掻く空。海はしょうがないなという顔をしながら、笑顔が戻っている。

それを待っていたかのように、大地が次のシーンを指示し始めた。

「おし、次は二人で手を繋いで走り出すシーンから撮るぞ。」

「どのシーンだっけ?」

空がとぼけたようにあえて言う。

「てめえで書いた脚本ぐらい頭にいれとけ!シーン19の1から3まで、つないで撮って後で編集いれる。」

「へいへい。」

手にした台本や身につけたコートを荷物置き場へと置いて、空と海は大地監督の支持どおりの立ち位置へと向かう。

「いくぞ、よーい・・・ドン!」

準備無しでいきなりカメラが回りだし、空は役のシンになり、それに負けじと海はヒロコになる。
シンが何かに気付いたように波止場の先を見つめる。

「ヒロコ、来い!」

強引にヒロコの手を掴み、何のことだかわからないまま引張られてゆくヒロコの表情は不安に怯えている。

「何?何かあるの?」

「いいから黙って来い!」

大地はカメラの下にバランスを取るための錘を下げ、手持ち状態で二人を追ってゆく。左手でカメラを操作し、右手の収音マイクはしっかりと二人を狙っていた。

倉庫を走り抜け、オレンジ色の光から少し外れた所まで走りきると、シンはヒロコから手を放した。

「これっきりにするか?そうすればこんな思いはもうしなくてすむぞ。」

ヒロコは肩で息をしながら、シンを見つめている。

大地監督はカメラをヒロコの表情へクローズアップする。マイクはシンへと向けられた。

「決められないなら決めてやる。これっきりでサヨナラだ。」

ヒロコの目から大粒の涙が溢れだしてゆく。

大地監督はカメラを持ちながらニ三歩下がり二人が映る位置まで移動した。右手でレンズの調整をして二人の動きをとらえる。

シンがヒロコに背を向けて歩き出す。崩れるようにしゃがみこむヒロコの背中は、涙と息切れで上下している。

シンが完全に光から切れ、シルエットになった瞬間、ヒロコは残った力を振り絞るように駆け寄った。

シルエットの中、横に並び向かい合った男女の姿が、大地監督の回すカメラのレンズに写っていた。

そのまま二つの影が重なる。
抱き合うシルエットをとらえつつ、緊張感がその場を支配する。

ヒロコの影が動いた。

シンの影も合わせて動く。

そうしてゆっくりと顔が近づいてゆき、唇が重なりあう。

その時間がどれほど続いただろうか・・・。

不意にヒロコの頭の上に、手影絵でよくやるキツネの姿が現れた。キツネは辺りをキョロキョロと見回している。

同じようにシンの頭の上には、手影絵のうさぎが現れた。うさぎもキツネと同じようにキョロキョロと辺りを見回している。

やがてキツネはうさぎを見つけ、おもむろに噛み付いた。うさぎはおたおたばたばたと手足を動かし、最後にパタリと息耐えた。

「く、くくくくく・・・。」

大地監督が押し殺した声で笑い始めた。

「・・・おい、大地ぃ。」

重なり合っているはずの唇から、空が我慢できずに声を出す。

「俺の脚本、ここまで書いてないぞ・・・。」

「あははははは!OK、カットー!」

その声にやっと影間から出てきた空と海は、二人して大地を睨みつけていた。

「どこまでやればいいのかわかんないじゃない。まったく・・・。」

笑いながら責める海の声は。

「本当だよ。シンの役だとあのままあの先までいっちまうぞ。勘弁してくれよ。」

空は苦笑して大地を責める。

「だよね。来るかなって覚悟しかけたけど、作品としてどうかなって思って。けど空、キスくらい芝居なんだから本当にしてよ。」

「ご勘弁願います。ファースト・キスは運命の人とするって毎年祈願してるんで。」

「げ、あんたまだなの?キモー!」

「うっ・・・胸に刺さる言葉を・・・。」

大地はそんな二人のやりとりを聞いているのか聞いていないのか、せっせとコンテチェックに余念が無い。

「おい、弁解なしか!大地!」

空が少し強めに言うと、大地はあっさりと答えた。

「ちょっと遊んだだけだ。ぎゃあぎゃあ言うな。」

それっきり言うと、大地はさっさと荷物のあるほうへと向かって歩いていった。

「あれ、さっき私が意見したことへの仕返しかな?」

海が空にたずねる。空は大地の後を歩き出しながら答えた。

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。気になるなら本人に聞いてみたら?」

「聞いたって答えっこ無いもの。」

海も空の後をついて歩き出してゆく。

夏の夜、柔らかなオレンジの光に包まれた倉庫街。今年は冷夏なのか少し肌寒いなと感じながら、海は前をゆく二人の背中にぼんやりと自分の夢を思い描いていた。

表現したい!これまで溜め込んできたものを!
そしてこれから経験する色々な出来事を!
喜びとか悲しみとか、全部を演じてみたい!

頼りになるのかならないのかまだまだ未知数の二人だけど、お荷物にならないように頑張っていこう。

そんなことを考えながら歩く海の笑顔は、希望に満ちていた。
[PR]
トラックバックURL : http://mentalc.exblog.jp/tb/5960989
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
by MemenCrital | 2007-08-05 23:30 | 夢語り:きみと逢うマチ | Trackback

泣く、笑う、怒る、楽しむ。そんなことが自然にできる、そんな世の中であればいい。


by Memen