海と大地と空の虹 - 「月影に愛を」 道の果て -

「藤森総合商事株式会社 東京支社」のプレートが外れかかったドアの中で、大地が一生懸命に独り作業をしている。電話が頻繁にかかってきてその対応に追われながらも、表情は一切妥協せずと物語るように編集作業を続けていた。

二日前に大地の父が経営する会社が倒産した。心労がたたり入院した父に代わり、本社へかかってくる債権者への電話を転送し、その応対をしながらの作業だった。

大地の目は真剣にモニターを覗いている。空の演技と海の演技を食い入るように見つめ、必要ないコマをスパっと消してゆく。そうしてある程度まで余計な贅肉を削ぎ落とし、その後に風景などのカットを入れていくやり方が大地の好みだった。

手間はかかるが、俺にはこれがやりやすい。

電話口で同じ言葉を繰り返しながら、ふと大地は海のことを思い出していた。

あいつの仕事もこんななのか。思った以上にストレスがあったろうに、よくやるな。

画面の中で生き生きと演技する海を見ながら、大地は海の演技にかける情熱に感心していた。

作業は夕日が落ちるまで黙々と続けられた。食事はサプリメントで済ませ、残る作業はタイトルとエンドロールの制作だけとなっていた。

パソコンでいちいち文字を打つのが面倒な大地には最後の難関でもある。

そこへ、廊下からまた音程外れの歌声が聞こえてきて、大地は正直ホッとした。一日中続いた電話の転送も18時を境にパタッとやんでいる。疲れている自分を感じてもいた。

玄関に向かい、おもむろにドアを開けて毎度のごとく怒鳴る。

「うるせえ!!!!」

「よう、大地。大丈夫かお前?」

そこには空が両手に一杯の食材を持って、ドアが開くのを知っていた様子で立っていた。

「食ってないんだろう。根詰めすぎだぞお前。」

「・・・うるせえな。いいからとっとと入れ。」

歯切れ悪く大地はそう言うと、相変らずへらへらしている空の顔を見て悪態をついた。

「ったく、苦労知らずな顔しやがって・・・。」

「ピンポーン!苦労が避けて通る男なのさ俺は。」

「阿呆なこといってんじゃねえよ。」

リビングに揃った二人は、空が買ってきた食材を見てキッチンの片付けをまずはじめた。

空がシンクを洗い、大地が鍋を洗う。

男二人が立つキッチン、少々異様な風景についに空が笑い出した。

「なにやってんだろうな、俺たち。大の男がふたりでよ。」

ニヤリと笑って大地が答える。

「海に料理ができると思うか?ありゃどう見ても家庭的じゃねえぞ。」

「あー、言ってやろ。」

「どうぞ。本当のことだから俺は気にしねえ。」

「海は気にするだろうな。思い詰めるととことん気にして、ついには演技に集中できなくなったりするかもな。」

「それはこまるな。」

そんな馬鹿な話をして大笑いしながら、空がシンクから顔を上げると、そこに海がいた。

「あ!」

「なんだ?ああ!」

大地も空の驚きに顔を上げて、カウンターになっているキッチンの目の前に立つ海の表情に驚いていた。

「・・・あんた達、そういうことを本人がいないところで話すような男だったのね。見損なってたわ。」

言いながら睨みつける海の視線を、かわそうと大地は鍋を、空はシンクを、あからさまにごまかしの鼻歌をうたって磨きつづけている。
変な波動がザクザクと二人を刻むように送りつづけられている。

気にした様子もなく空が鼻歌をしっかりと歌いだした。

「when the night has come And the land is dark」

こればっかりを何度も聞かされている大地も、少々演歌調で続けて歌う。

「And the moon is the only light we'll see」

空がシンクを流しながら続ける。

「No, I won't be afraid No, I won't be afraid Just as long as you stand, Stand by me」

大地も合わせて歌っていると、やっと機嫌が直ったのか海も合わせて歌に入ってきた。

「So darling, darling, Stand by me, Oh, stand by me Oh, stand, Stand by me Stand by me」

「ru-ru-rururu-rururu-ru ru-rururu-rururu-ru」

海が機嫌よく続きを歌い始めたので、空と大地は歌うのをやめていよいよ料理へと取り掛かった。
作るのはもちろん、男気カレー。

「おい大地、なんだその男気カレーってのは?」

「まあ見とけ。簡単で美味いんだこれが。」

まな板と包丁を丁寧に洗い、大地がジャガイモやニンジンの皮をむくのを見ながら、海の歌う優しいフレーズの「Stand by me」に耳をそばだてる。
空には心地よい時間として感じられた。

「空、空、こんどはあれ歌おうよ、ほらあれ。」

「・・・あれってどれ?」

海が空の袖をひっぱってリビングへと戻る。

「えーと、すばらしきこのせかい!」

「I see trees of green, red roses too」

「I see them bloom for me and you」

「And I think to myself, what a wonderful world」

どちらからともなく腕をとり、踊りながら歌っている空と海。キッチンでは大地が微笑みながら、今度は肉をさばいていた。

「And I think to myself, what a wonderful world」

鍋にゴロゴロと食材が入り、水が入れられる音がする中、歌は続いた。

「I hear babies cryin', I watch them grow」

「They'll learn much more than I'll ever know」

キッチンから大地が出てきて、ソファーに座って一緒になって歌いだす。

「And I think to myself, what a wonderful world
Yes, I think to myself, what a wonderful world」

余韻の中にひたる空と海を尻目に、大地はデスクへと向かってスイッチをひねる。

「タイトルなんかはまだだけど、できたぞ。月影に愛を。」

「おおー!」

空と海が思わず歓声を上げた。

「見ろ。」

モニターに映像が流れてゆく。食い入るように空と海はその作品を見つめた。

大地はそのままじっと画面を見て、あることを考えていた。親父の会社が潰れちまったら、これが最後の作品になるかもな、と。

その表情は空と海からは見えない。

今回の作品は撮影日数は少なかったものの、人手もありまた準備期間も長かったため、1時間半の作品に仕上がっていた。

空も海も、そこに出ているのが自分なのかと疑うような目つきで食い入るように見ている。

空は見ながらこんなことを考えていた。
大地にこれまでおんぶに抱っこだったからな。なんとかできねえかな。これが最後じゃまだ物足りねえ。

空は出掛けに春香姐さんから、藤森総合商事株式会社の倒産した話を聞いていた。それで今後のことを考えて話し合おうと、今日やってきたのだった。

なんかっていってもな、今のところなんも思いつかねえな・・・。

そんな空の表情は普通に笑顔で画面を見ていた。

海は見ながらわくわくしていた。
私が私じゃないみたい。毎日毎日わけのわからない変なクレームばっかりの仕事してる私って、どっちが本当の私なの?
笑ってるじゃない、ここではしっかりと。
あ、これ本気で泣いてたとこだ。大地が無理言うのに空もそっぽ向いてたから、本気になって泣いたところだ。

わー、空が連れてきたこの子たち、肌つやいいな。
私もこれぐらい張りがあればなぁ・・・。

うは、空が真面目な顔してる。こいつ睨むとおっかない顔になるなぁ。普段はへらへらしてんのに。

この景色、紅葉の場面だ。
すごいよ大地、あんたすごいよ。これこのままどっかで上映したいなぁ。

そうして最後の思いが、言葉になって出た。

「これ、どっかで上映してお客さんの反応をみてみたいね。」

その言葉に空が、そして大地が反応した。

「上映か・・・。」

大地が何かを計算するようにつぶやく。

「その手があったか・・・。」

空がそれでこの先も、三人で続けてゆけるだろうかと夢を見る。

「そういうわけにはいかないか。上映機材とか用意するの大変なんでしょう?大地。」

「いや、待て。」

大地は奥の部屋へ行ってゴソゴソと何かを探し、そして手に一枚の封筒を持って戻ってきた。

「これにまず応募してくる。」

見るとその封筒には、地方の映像賞作品募集の文字があった。

「まずはどんなであれ、箔をつけてからだ。」

大地の目に力強さが戻った。さっきまで諦めかけていた自分自身をもう忘れ、勢いついた口調で言った。

「上映場所とか機材とかは、俺がいた学校に頼んで用意してみる。そんで一発ドカンと勝負だ。」

「勝負?なんの?」

海は事情を知らないのでキョトンとした顔で聞いた。
間髪いれずに空が声を上げる。

「おい大地!なんか焦げてねえか!?」

「あー!俺の男気カレーがー!!」

ドタバタとキッチンに走ってゆく大地。その間に空は海にわかりやすく事情を説明した。簡潔に。

「海、大地の親父さんの会社な、倒産したんだ。」

「え?!」

「だからこれは勝負なんだよ。一発でドカンといかなくても、何かのきっかけを掴めれば・・・。」

「けどそれなら、少しぐらいなら私だって貯えがあるし、空だってまともに働けばなんとかなるでしょう。」

「そうありたいけどな。俺仕事で全部使い切っちゃうと撮影でヘマしそうだし。」

「仕事なんて手を抜けばいいのよ。」

「まあ、今回の勝負が駄目だったら考えるよ。」

そうこうしているうちにキッチンから大地の悔しそうな声が聞こえた。

「やっちまった・・・。」

「あーあ。カレー全滅か?」

「そうじゃねえ。メシ炊くの忘れてた・・・。すまん。」

海が思わず吹き出した。
あわせて空が大声で笑う。
スマンと言った屈辱に耐えながら、大地は顔を真っ赤にして自分に怒っていた。

「あんた怒ると可愛いね。」

海が無邪気に笑う。空が囃子立てる。

「完ぺき主義の鏡だな。」

そうしてカレーを食べるまでの間、三人は作品を何度も見返して、普段なら大地独りでやっていて編集しきれてなかった部分をチェックしはじめた。

お米が炊き上がり、カレーを皿に盛ると、海が文句を言い出した。

「なに、なんでジャガイモとかニンジンが丸々入ってるの?」

「それが男の男気カレーだからだ。」

「食べにくいじゃない、これじゃ。」

「焦げ付くぐらい煮込んであるから柔らかくて美味いよ。」

「馬鹿!私は女性なんだから見た目も気になるの!」

大地と空が声を合わせて答える。

「すまん、それは忘れてた。」

海が意地になって言い返した。

「脱ぐぞ!」

空が床に置いてあったカメラをさっと構えて答える。

「撮るぞ!」

それを大地が諌めた。

「空、勘弁しろよ。テープ代だってこれから馬鹿にならないんだからよ・・・。」

あまりに真剣にそう言う大地。
切れた海は力いっぱい空の胸を殴った。

「なんで俺を殴るんだよ・・・。」

「目の前にいたからよ。ふん!」

それでもペロッと食べ終えて、おかわりまでする海だった。

その後編集作業は夜中まで続き、切り落としたカットも冗長さを印象付けるためにと再度加え、二時間の作品となった。最初のをディレクターズ・カットとして応募に使い、三人でまとめたものを上映することに決めて、全ての作業が終わりを迎えた。

薄紫色をした時間帯に、オレンジの朝日が昇ってきている。
窓の外を眺めながら、海も大地も空も、満足げに笑いあっていた。

太陽が昇りきった頃に海が始発で帰ると言い出し、空もそれなら送るよと言って部屋を出ていった。

大地はこれまでにない満足感を覚え、電話の受話器を外してそのままベッドへと体を投げ出し、深い眠りへと落ちてゆく。

眠りにつく間、大地の頭の中には一つの言葉が。
まだ道はある、あいつらといる限りは!!

赤子のように安らかに眠る大地。
その顔は昼間の鬼気迫る表情からはとても結びつかない、まるで別人のように安らかなものだった。
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by MemenCrital | 2007-08-05 21:00 | 夢語り:きみと逢うマチ | Trackback

泣く、笑う、怒る、楽しむ。そんなことが自然にできる、そんな世の中であればいい。


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