海と大地と空の虹 - 撮影のない時間 海と空の群青 -

大地の家から出た空と海は、白金台の駅へと向かって歩いていた。二人とも疲れているのか一言も口を開かない。

空は一歩引いて、海の右後をついて歩いている。その右手にはガードレールがある少し広めの道路だった。

海はそんな空の様子を気にしてか、歩く速度が定まらない。どうしたらいいかわからないといった感じで、横に並ぼうかそれともこのまま前を歩こうかと考えては面倒になってやめたりもした。

時刻はいよいよ出勤時間を迎え、駅近くになると人の数が増えてゆく。

やがて海が口をひらいた。

「ねえ、空。あんた今日どうすんの?」

どうするのと聞かれて空は少し考え、今日の予定を思い返していた。

「そういや仕事の予定が入ってたっけな・・・。眠いけどこのままいくしかないね。」

「・・・ふーん。」

海は少し考えて、携帯電話を出すと時刻を確認した。
朝の7:00。

「ねえ、空。」

「ん?」

「うちおいで。シャワーぐらい貸してあげるよ。」

代々木にアパートを借りている海の家へ行くほうが確かに三鷹まで行ってバスを乗り継ぐより早い。けれど、と空は思った。

「変なこと考えないでよ。友達として言ってるんだから。」

「・・・うーん。でもほら、俺これでも一応男だから。」

「・・・一応なのかよ・・・。」

呆れ顔の海を見て、空はしかたないなといった顔で会話を続ける。

「じゃ着換えをどっかで買ってかなきゃな。渋谷から行くか。」

「うん!」

海の素直な笑顔を見て自分も嬉しくなる気がする中、でもまだ三人の関係を維持してゆきたいなという思いが空の中を行き来する。

海もまた、空が自分の家に来ることに喜びを覚えながら、本当にこれでいいのかと自問自答している。

電車に乗って渋谷につくと、空は目についた店でトランクスと靴下、それにシャツを買い込んだ。

「それだけでいいの?」

海の問いに空は頭を掻いて言う。

「さすがに新しいジーンズは買えねえもの。」

「…あ、う、うん。」

海は自分が考えてることが恥ずかしくなり、それっきり黙ってしまった。目線はショップの隣にある薬局へとさまよい、そして足元を見た。顔が赤くなっているのを空に気付かれたくなかった。

その様子を見て空は海の手を取り、代々木へと向かって歩き出してゆく。耳が赤いのが見えて、どうしたら言いかと考えた末の行動だった。

海の手に空の手のぬくもりが伝わる。温かすぎるその手はでもカラカラに乾いて、少し熱があるようだった。

「空、手あったかいね・・・。」

「だろう、だからよく言われるんだ。手の暖かい奴は心が冷たいってな。」

「そんなことないと思うけどな・・・。」

「・・・最初はみんなそう言うんだ。」

そうして、空があてもなく代々木に向かって歩いているとわかると今度は海が空の手を引くように自分の住居へと歩き出していた。

「あのね、わかんないなら先を行かないでよ。」

「でしたね~。あはは。」

「ほんと何にも考えてないのね・・・。」

「やっとわかった?」

「当の昔にわかってました!」

プンプンしながらそれでも手を離さず進む海を見て、空の中で空自信にとって困った感情が渦巻いていた。
海のことは仲間と割り切ってたからこれまでやってこれたのに、そのわいて来る感情はこれから先を予測不能にしてゆく。

けれど心地いいのは確かで、それが結局空をここまで連れてきた。抗いようがない感情だった。

「ついたよ。ここ。」

見ると簡素な住宅街にぽつんと、小さく建った二階建てのアパート。

「いいとこに住んでるな。」

空は辺りの緑の多さを見てそう言ったのだが、海には皮肉に聞こえたらしい。

「大地の家と違って、うちは仕送りとかないからこれが精一杯なの。」

「馬鹿ぁ。そういう意味じゃねえって。」

「じゃあどういう意味よ。」

「周りに緑がある。心が休まるよ、ここは。」

そう言われて初めて、海は自分の住んでいる辺りを見回した。秋に染まった色とりどりの木樹が立ち並んでいる。言われてみればそうだなと、空の言葉に少しだけ感心した。

そうして二人はアパートの二階に上がり、海の部屋へと入っていった。

部屋の中はきれいに整っていて、辺りにぬいぐるみがゴロゴロと転がっている。室内干しの下着がぶら下がっていて、海はそれをあわてて隠した。

「なにあわててんだよ。」

「恥ずかしいもの。」

「ふーん。スケベな下着でもあるのか?」

「あるか!馬鹿!!」

「・・・まったく、お前も大地も、俺のこと簡単に阿呆だの馬鹿だの言うなぁ。」

「あ、ごめん。つい癖で。」

「はいはい。どうぞ言うだけ言ってください。なるべく気にしないようにして家に帰ってメモしておくから。」

「暗いことするのね・・・。」

「あはははは、嘘。で、早速で悪いけどシャワー貸して。」

「うん、そこ。」

海は玄関を入って右手のドアを指差した。

「じゃ、借りるな。」

そう言って中に入る空を見送りながら、海はドキドキしていた。

正直なところこの部屋に男が来たのは空が初めてじゃない。けれど、空が来たのは初めてだ。そう考えると海の中で色々な思いが混乱するように沸き立つのを感じた。

そこへ空が上半身を覗かせて浴室から海に話し掛けてきた。

「海ぃ~。このシャンプーとコンディショナー借りてもいいか?」

「あ、う、うん。」

「ボディソープも貸してな。」

「あ、そこにあるタオル使っていいよ。」

「サンキュ。」

それだけの会話で空はまた中へと引っ込んでいった。

窓の外を見る海の心は、期待と不安の入り混じる複雑なものだった。空はシャワーを浴びたら帰ってしまうんだろうか、と考えていた。できたらそのままここにいて、色々と話を聞いて欲しいな。それが海の望みだった。

やがて、空は先ほど買ったシャツと着てきたジーパン姿で浴室から出てきた。
それを見て海はホッとしながらも、なんだか寂しさを覚えていた。

「海、ありがとうな。そんでさ、なんか食うものある?」

「え?空お腹すいてるの?」

「あれ?お前すいてない?」

「・・・言われてみれば、すいてる・・・。」

「あはは。そしたらなんか買ってくるよ。海、その間にお前も風呂入れば?」

「え、う、うん。」

そう言うと空はドアから外へ出ていった。後に残った海は空がまたここへ戻ってくると感じて、安心して風呂桶にお湯を貯めてのんびりと待っている。

窓の外はほぼ快晴。時刻はそろそろ8:30を回ろうとしている。風呂にお湯がたまるまでの間、海は電話をかけて仕事場へ休みの連絡を入れた。理由は体調不良。

そうして空が戻ってくるまでの間、ゆっくりと風呂につかり、時々今空が戻ってきたらどうやって入り口のドアを開けようかと考えながら、ドキドキとワクワクが入り混じる思いでリラックスしていった海。

当の空が買物に出たはいいが帰り道がわからなくなり、あたふたしているとは夢にも思わない海の、幸せなひと時であった。
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by MemenCrital | 2007-08-05 20:30 | 夢語り:きみと逢うマチ | Trackback

泣く、笑う、怒る、楽しむ。そんなことが自然にできる、そんな世の中であればいい。


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